高橋藍の通っていた高校、大学などの学歴まとめ

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この記事を読めばバレーボール日本代表エース・高橋藍選手が歩んできた小学校から大学卒業までの学歴と、それぞれの時期にどんな選手だったかが丸ごとわかります。

「高橋藍ってどんな学校に通ってたんだろう」
「どこでバレーの才能が開花したの?」

と気になったことはありませんか。

実は、ロの舞台で世界を驚かせる前から、彼の道のりには見逃せないエピソードが詰まっているんです。

当記事では通っていた小学校、中学校、高校、大学を時系列で詳しく解説します。

目次

高橋藍の学歴一覧

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学校学校名所在地
小学校京都市立常磐野小学校京都府京都市
中学校京都市立蜂ヶ岡中学校京都府京都市
高校東山高等学校京都府京都市
大学日本体育大学(体育学部体育学科)東京都

小学校から高校までずっと京都市内で過ごしているんですよね。

地元・京都の土台があって大学から東京へ。

そのまま世界へ飛び出した、という流れがなんか美しいなと思います。

小学校時代 常磐野小学校でバレーと出会う

バレーとの出会いが意外すぎた件

高橋藍選手の出身小学校は京都市立常磐野小学校です。

京都市右京区に位置する公立の小学校で2022年には高橋藍選手が兄・塁選手とともに母校を訪問。学校のウェブサイトでその様子が紹介されたんですよね。

で、ここからが本題なんですが。

バレーを始めたきっかけが正直思った以上に面白い話で。

小学2年生のとき、チームの監督から「ポケモンカードあげるから入って!」と誘われたのが最初の一歩なんだそうです。

…うん。ポケモンカード。

なんか、そのギャップにちょっと笑ってしまいました。

日本代表のエースがポケモンカードに釣られてバレーを始めたって、普通に可愛くないですか。

しかも最初はぜんぜんやる気がなかったらしくて、年生のときには母親に「辞めたい」と打ち明けたという話まで残っているんです。

小学5年生で覚醒、「日本代表になる」と宣言

辞めたいと言っていたのにその後どうなったかというと。

テレビでバレーボールの試合を観て、「絶対に日本代表になる」と自ら決意したとされているんです。

この変化、けっこうドラマチックですよね。

それ以降は兄と一緒に公園の鉄棒をネット代わりにして日が暮れるまで自主練を重ねるようになったとも言われていて、自分の意志で動き始めた感じが伝わってきます。

まあ、真相はご本人にしか分からないですけど5年生のあの時期に何かスイッチが入ったのは確かなんじゃないかな。

中学校時代 蜂ヶ岡中学校でリベロだった

京都市立蜂ヶ岡中学校ってどんな学校?

京都市立蜂ヶ岡中学校は京都市右京区に位置する市立中学校です。

バレーボール部が強豪として知られていて全国大会の常連。

常磐野小学校と同じく右京区内にあるので、地元の進学先として自然な流れで選んだのかもしれないですね。

188cmの選手が中学時代は「リベロ」だった

ここ、私が調べていていちばん驚いたポイントなんですが。

高橋藍選手が中学時代、リベロ(守備専門のポジション)として全国大会に出場していたという事実。

現在は高さ345cmの最高到達点を誇るアタッカーなのに、中学入学当時の身長は158cmだったといわれているんです。

だからリベロで起用されていたのも、当時の状況を考えると納得感があります。

しかもこれ、単に「小さかったからリベロ」じゃなくて、当時の指導者が

30年近くの指導者人生でいちばん秀でた選手
周りの選手がマネできない天性のレシーブでした

と語っているんですよね。

そのセンス、ちょっと本当に気になる😳

兄の卒業後にアタッカーへ転向

1年生のときは兄・塁選手がエースを務めていて藍選手はリベロとしてチームを支えていました。

ところが兄が卒業してからはアタッカーへポジション転換し、そのままアタッカーとしても全国大会への出場を果たしています。

守備も攻撃もできる。

今の「オールラウンダー」という評価の原点って実はここにあるんじゃないかな、と感じています。

ガチガチに守備を磨いた時期があったからこそ、今のプレーがある。あくまで私の見立てですけど。

高校時代 東山高校で春高バレーを完全制覇

東山高等学校ってどんな学校?

東山高等学校は京都府京都市東山区に位置する私立の中高一貫校です。

南禅寺や哲学の道にもほど近い場所にあって、学業もスポーツも力を入れている学校として知られていますね。

バレーボール部は全国屈指の強豪で、この高橋藍世代以外にも数多くの代表選手を輩出しています。

ちなみに高橋藍選手は高校からこの東山に入学しているので中高一貫の枠組みとしてではなく高校から入った外進生ということになります。

3年生で主将に就任、フィジカルが激変

3年生になるとチームのキャプテン(主将)に就任。

そこから本格的に筋力トレーニングを開始したらしく、最終学年を迎えるころには最高到達点が343cmという水準に達したとも報じられていました。

中学入学時が158cmだったことを考えると、高校3年間での成長ぶりは相当なもの。

身体的な素養もあったんでしょうが、「努力の密度」みたいなものも相当高かったんじゃないかな、という気がします。

春高バレー2020、失セット0の完全優勝

2020年1月開催の春高バレー(第72回全日本バレーボール高等学校選手権大会)で主将として東山高校を初優勝に導きました。

しかも1回戦から決勝まで全6試合をすべてストレート勝ちという、失セット0の完全優勝。本人は大会最優秀選手賞(MVP)を受賞しています。

決勝後に「最高で、最強のチームができました」とコメントしていたそうで、その言葉はバレーファンの間で今も語り継がれているようですね。

なんか、18歳でこれを言える人間ってすごいなと思います。

加えて2019年のインターハイでも東山は優勝しているので高校2冠という計算になります。

大会の詳細な個人記録が手元にあるわけじゃないんですけど、それだけ圧倒的なシーズンだったのは間違いないでしょう。

大学時代 日体大でインカレ準優勝、そしてイタリアへ

日本体育大学ってどんな学校?

日本体育大学(日体大)は東京都世田谷区と神奈川県横浜市をキャンパスに持つ、スポーツ・体育教育の分野で日本トップクラスの私立大学です。

1891年創立という歴史ある学校で、オリンピック選手を多数輩出。

高橋藍選手は体育学部体育学科に進学しています。

バレーボール部も全国屈指の強豪で高橋藍世代が在籍した時期はとくに注目を集めていました。

入学後すぐ全日本インカレへ そして兄弟対決

2020年4月に日体大に入学し、1年生から全日本インカレ(全日本大学バレーボール選手権)に出場しています

チームは準優勝でこの年の準決勝では兄・塁選手が在籍する日本大学との兄弟対決が実現したと伝えられています。

高橋藍選手の日体大が勝利したというのが定説のようですが細かく検証してないので断言はしません。

ただ、大学1年で兄のいるチームと全国の舞台で対決するってドラマみたいな話ですよね。

大学2年でイタリアに それが「中退」説の原因に?

これけっこう話題になってたと思うんですけど、一時期「高橋藍が大学を中退した」という情報が流れていたんです。

実際は中退ではなく、在学したままイタリアのセリエAに挑戦していたんですよね。

大学2年生からイタリア1部リーグのパッラヴォーロ・パドヴァに所属し始め、その後もシーズンごとに複数のクラブでプレー。

2023/24シーズンはモンツァでリーグ準優勝まで導いています。

海外でプレーしながら日本の大学のカリキュラムもこなしていたわけで、スケジュール的に相当しんどかったんじゃないかな…という気はします

まあ、私には想像もできない話ですけど。

卒業式は欠席、でも一人だけの学位記授与式

2024年3月に日体大を正式に卒業しています。

ただ卒業式当日はイタリアリーグのシーズン真っ只中だったので出席できず、式典ではビデオメッセージが流れる形になったそうです。

そして同年5月17日に、高橋藍選手一人のために学位記授与式が開かれたというんです。

学長から学位記、そして理事長から理事長賞まで授与されました。

この一人のために式典を開いたというエピソード、正直このページを作るなかでいちばん印象に残った話でした。

しかも本人が授与式の後のインタビューで言った言葉が「友達と居酒屋に行きたかった」。

…それ。それだよって感じ😂

世界で活躍するトップアスリートなのにそこに帰ってくるんだな、という人間らしさがなんか好きでした。ただの大学生の本音みたいで、すごく親近感が湧きます。

卒業後の活躍 SVリーグMVPからポーランドへ

サントリーサンバーズ大阪でのMVP受賞

日体大を卒業した2024年度からは国内最高峰リーグ「大同生命SVリーグ」のサントリーサンバーズ大阪に加入。SVリーグの初代MVPを受賞するという結果を残しています。

まあ、この話はわりとご存知の方も多いかもしれないですね。国内でトップの活躍を見せたうえで、次のステージを求めて動いている。その姿勢は一貫してるなと思います。

ポーランドの強豪クラブへの移籍が報じられる

2026年4月には来シーズンからポーランド1部プラスリーガの強豪クラブ「ルブリン」への移籍が複数の関係者の話として報じられています。

2028年ロサンゼルス五輪での金メダルを視野に、再び海外の高い舞台へ飛び込む選択をした形ですね。

ざっくりした感じで言うと学歴の話からこうして現在まで追いかけると、「常に一段上を目指し続ける人」という印象がより強くなった気がします。

まとめ

  • 出身小学校は京都市立常磐野小学校、バレー開始は小学2年生でポケモンカードがきっかけ
  • 中学は京都市立蜂ヶ岡中学校に進学して1年生時はリベロとして全国大会に出場
  • 高校は東山高等学校(京都府)に進学し、2020年春高バレーで主将として完全優勝・最優秀選手賞を受賞
  • 大学は日本体育大学(体育学部体育学科)に進学、在学中からイタリア・セリエAに挑戦
  • 2024年3月に日体大を卒業、理事長賞を受賞、同年5月に学位記授与式を受けた
  • 卒業後はサントリーサンバーズ大阪でSVリーグ初代MVPを獲得、2026年シーズンはポーランドへの移籍が報じられている
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