この記事を読めば礒部希帆(いそべきほ)さんの小学校から大学進学の有無まで、学歴にまつわるエピソードが全部わかります。
正直、最初は「学歴ってそんなに情報あるかな?」って思いながら調べ始めたんですが…これが想像以上におもしろくて。
単純な学校名の話だけじゃなくその学生時代の生活ぶりとか、どうやって芸能界に踏み出したかとか、いろんな話がポロポロと出てきたんです。
しかも公式インタビューやメディアの取材から引き出された情報ばかりで読んでいてかなりリアルな「礒部希帆という人間」が見えてくる感じがしました。
出身小学校は横浜市立子安小学校(有力)
公表はなし、実家の場所から推測
礒部希帆さんは出身小学校を公式には公表していません。
ただ、本人が実家の外観をテレビ番組、動画やSNSで公開していることもあり、実家のエリアが横浜市神奈川区・新子安周辺と判明していて、そのエリアにある横浜市立子安小学校が出身校として有力視されています。
あくまで推測の域は出ないの、その点はご承知おきください。本人が明言したわけではないです。
この実家もなかなかのもんやなあ(笑)#磯部希帆 #水曜日のダウンタウン pic.twitter.com/zm1Wu2Ky1d
— とびタヌキ (@tobitanuki) January 12, 2022
小学生の頃からお風呂がなかった
この話、最初に読んだとき正直かなり衝撃でした。
礒部さんの実家にはお風呂がなく、キッチンのシンクにお湯をためて体を縮めて洗うのが普通の日常だったそうです。
8歳で初めて銭湯へ行ったとき、「お湯がいっぱいある」という当たり前の光景に感動したというエピソードも伝えられています。
それに、歯磨き粉もなくて塩で代用していたとも。
小学生のうちからこういう環境で育っていたという事実が後の礒部さんの「どんな状況でも笑い飛ばせる強さ」に直結している気がして、個人的にはそこがいちばん印象深かったです。
出身中学は横浜市立神奈川中学校(有力)
略称「神中」、横浜市内でも珍しい設備が揃う学校
こちらも本人から公表はされていませんが、居住エリアから横浜市立神奈川中学校(横浜市神奈川区西大口)が有力とされています。
横浜市立神奈川中学校は1949年10月8日に創立した公立中学校で、在校生は約515名(2026年4月時点)。
横浜市立の学校の中で唯一、音楽ホールを完備しているという、わりと珍しい特徴を持つ学校です。陸上部は強豪校としても知られています。
校舎は2003年に完成した比較的新しい建物で、地域の口コミでも「綺麗な校舎」「治安も安定している」という評判が多い。
礒部さんが通っていた2000年代初めはまだ建て替えから間もない時期で、わりときれいな環境だったんじゃないかと思います。
著名な卒業生にはインパルスの堤下敦さんやモデルの普天間みさきさんの名前も挙がっています。
友達のゴミ捨て場にいた礒部さんの話
この中学時代のエピソードが個人的にはいちばん笑えてかつ切ない話でした。
当時、JassieやCOCOLULUといったブランドが中高生に大人気だったんですが、礒部さんはもちろん買えない。
それでどうしたかというと、お金持ちの友達の家のゴミ捨て場を張り込んで、「捨てるならもらっていいですか?」と友達のお母さんに声をかけてショップ袋をもらっていたんです。
そのショップ袋を水洗いして持って行く、という涙ぐましいオシャレ術。
しかも雑誌も同じ方法で入手していたとのこと。
「資源ゴミを捨てる曜日を把握して、友達のマンションのゴミ捨て場に行く」
という、なんか逞しすぎるファッション勉強法です。
礒部さん自身は「当時は『よっしゃ!一個、情報が知れた!』ってめっちゃポジティブだった」と笑い飛ばしていて、そういう前向きさがどこから来るのかがよくわかるエピソードですよね。

金木犀の香水も下敷きストレーナーも
好きな男の子の前でいい香りをまとうために、道端で拾い集めた金木犀を水と混ぜてカメラのフィルムケースに入れ、手作り香水を作っていたという話も。
クセ毛をストレートに見せたいときは、ヘアアイロンの代わりに下敷きを使って濡れた髪を挟んでいたとも伝えられています。
お金がなければ知恵を絞る。この発想力はそうそう真似できないと感じます。
中学時代に両親が離婚
礒部さんが中学生のとき、両親が離婚しています。
父親は配管工として働いていましたが、実家の床が抜けた際に足を骨折したことで仕事を辞め、無職に。月6万円で家計を支えていた母親も限界を迎え、家を出ていきます。
礒部さんはそのまま父親と実家に残ることになります。
出身高校は非公表(神奈川県内、有力候補は不明)
高校名は現在も明かされていない
礒部希帆さんの出身高校については本人から一切公表されていません。複数の媒体でも「不明」として扱われています。
自分なりにいろいろ考えてみたんですが、いくつか可能性はあると思っていて。
ひとつは通常の地元公立高校に通いながらバイトと芸能活動を掛け持ちしていたケース。
もうひとつは、高校在学中にすでにスカウトされてグラビア活動を始めているので、活動との両立がしやすい通信制・定時制高校だった可能性。
肌感で言うと後者もけっこうあり得る気がしています。
というのも、2009年の「ミスマガジン」参加は高校時代のこと。グラビアの撮影や審査などのスケジュールを普通科の全日制と並行させるのはなかなか大変だったはずですから。
あくまで私の考察なので、断言はできないですけどね。
原宿の竹下通りでスカウトされた話
「テレビに出ている人がすごく魅力的に見えて」と、高校生になったある日、初めて原宿の竹下通りへ行ったそうです。そしてその初日に本当にスカウトされてしまう。
これってかなり珍しいことだと思うんですが、礒部さんの場合はその後「ヤングマガジン主催・ミスマガジン2009」に出場してベスト16に入ってしまうので、見た目のポテンシャルは本物だったんでしょうね。
マクドナルドで店舗責任者に
高校時代のバイトはマクドナルド一本で、その本気度が評価されて店舗責任者を任されるほどだったとのこと。
実家の生活費を自分で賄う必要があったからこそ、バイトへの集中度も一般的な高校生とは違った。
そのマクドナルドで出会った先輩と10年間交際していたというエピソードも、後に明かされています。
高校時代の礒部さんの日常がバイト・スカウト・芸能活動という三本柱だったことが見えてきますよね。
大学には進学していない
礒部希帆さんは大学への進学はしていません。高校卒業後は芸能活動に専念する道を選んでいます。
年間2万5千円の芸能収入という現実
ここが個人的にはかなりびっくりした部分で、2019年時点での芸能収入がわずか年間2万5千円だったことを本人が明かしています。
その間もマクドナルド、もんじゃ焼き屋、スナックなど複数のバイトを掛け持ちして生計を立ててきたそうです。
大学進学しなかった理由として、家庭の経済状況が大きかったのは確実ですよね。
「お金を稼ぐことが親孝行だと思っていた」
という言葉が残っていて、大学という選択肢を真剣に検討できる環境ではなかったというのが正直なところだと思います。
コンプレックスが武器になった
礒部さんが自分の貧しさを打ち明けるまでに、重盛さと美さんとの付き合いが始まってから5〜6年かかっています。
「恥ずかしくってずっと隠してた」と本人も語っていて、実家の写真を重盛さんに送ったときに「え、爆笑」と返ってきたことで、隠してきたことが笑える話になる瞬間を経験します。
重盛さんが
「希帆ちゃんはこんなに明るいんやけん、こういう生い立ちでもこんなに明るく生きられるっていうのを発信できるのは希帆ちゃんしかいない」
と背中を押してくれたことで、今の礒部さんのキャラクターが完成したという感じがしますよね。
学歴まとめ
| 学歴 | 詳細 |
|---|---|
| 小学校 | 横浜市立子安小学校(有力・推測、本人非公表) |
| 中学校 | 横浜市立神奈川中学校(有力・推測、本人非公表) |
| 高校 | 非公表・不明(神奈川県内の公立または通信制高校が有力) |
| 大学 | 進学していない |
記事のポイントまとめ
- 出身小学校は横浜市立子安小学校が有力(推測・本人非公表)
- 出身中学は横浜市立神奈川中学校が有力(推測・本人非公表)、横浜市唯一の音楽ホール完備校
- 出身高校は現在も一切不明、通信制の可能性あり(あくまで考察)
- 大学への進学はなし(確認済み)
- 高校生のときに原宿でスカウトされ、ミスマガジン2009でベスト16入り
- 2019年時点の芸能収入は年間2万5千円、バイト掛け持ちで生活していた
- 貧乏エピソードは重盛さと美さんのひと言がきっかけで「コンプレックスから武器」へと変わった
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