山本有真の通っていた高校、大学などの学歴まとめ

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この記事を読めば山本有真選手の学歴(小学校から大学まで)と、各時代にどんな経緯で競技に打ち込んでいたかが全部わかります。

「光ヶ丘女子高校ってどんな学校なんだろう」
「名城大学の陸上部ってどれくらいすごいの?」

と気になっている方にもできるだけ詳しく書いてみたので、ぜひ最後まで読んでみてください。

目次

小学校時代

出身は愛知県豊田市の「堤小学校」

山本有真選手の出身小学校は愛知県豊田市にある堤小学校です。

豊田市は愛知県の中でも人口の多い都市で、トヨタ自動車の企業城下町として知られているエリア。そのど真ん中で育った選手なんですね。

パリオリンピックの日本代表が決まったとき堤小学校のホームページに在校生や先生たちの寄せ書きが掲載されて話題になりました。

学校ぐるみで応援している感じ、なんかいいな、と思います。

実はバスケ少女だった

ちょっと意外なんですが山本選手は小学校時代にミニバスケットボール部に所属していたそうです。陸上の印象が強いのでびっくりしました。

Twitter(X)でも小学校の頃にバスケ部だったことがわかる投稿を確認できます。

ただ、学校のマラソン大会では1年生から6年生まで全部1位をとり続けていたというエピソードが残っていて、その走力のすごさは子どものころから本物だったんだとわかります。

親御さんから「個人競技の方が輝けるんじゃないか」と声をかけられていたことも、のちに陸上に転向するきっかけのひとつになっていったみたいです。

中学校時代

出身は「豊田市立前林中学校」

中学校は愛知県豊田市にある豊田市立前林中学校です。

学校の最寄り駅は名鉄三河線の若林駅で所在地は豊田市前林町行田。住宅街の中にある公立中学校で、けっこう落ち着いた地域の学校という印象です。

市の公式ホームページもあり、生徒数や部活動の情報が掲載されているごく普通の公立中学校です。

ただ、この「ごく普通の公立中学の陸上部出身が、後にオリンピックに出る」という流れに、私はなんかじんとくるものがあって。

バスケ部から陸上部へ、その理由

中学でも最初はバスケ部に入ろうとしたそうなのですがバスケ部が弱小だったため断念。陸上部が強かったこと、そして自分が足が速いことへの自信から陸上部を選んだとのこと。

親のアドバイスもあったようでなかなか合理的な選択というか、「走るの好きだし、やってみるか」みたいな感じだったのかもしれませんね。

全国大会には届かなかった

中学では800mを中心に練習し、全中(全国中学校体育大会)を目標に取り組んでいたそうです。ところが本人が「かすりもしなかった」と語るほど全国レベルには届かなかったといいます。

これ、個人的にはすごく大事な話だと思っていて。

「中学で全国に行けなかった子がオリンピック代表になる」という事実って、陸上に取り組んでいる中学生にとってはかなり励みになる話じゃないかなと。

全中に出ることが全てじゃないんですよね。

高校時代

出身校は愛知県岡崎市の「光ヶ丘女子高等学校」

高校は愛知県岡崎市にある私立の光ヶ丘女子高等学校に進学しています。

岡崎市は愛知県の三河地方に位置する中核市で、光ヶ丘女子高は市内唯一の女子校として知られています。

偏差値は54〜58前後で、進学面と部活動面の両方に力を入れている学校という特徴があります。

陸上部・ダンス部・吹奏楽部・放送部・ソフトボール部が強化指定クラブとして活動しており、なんと全校生徒の約3割にあたる300名ほどが全国レベルで表彰されているという、かなりすごい学校なんです。

陸上の強豪校として全国大会常連

陸上部については2017年には全国高等学校駅伝競走大会にも初出場して11位を記録しています。

さらに遡ると1991年の世界陸上競技選手権大会に同校の陸上部員が出場して日本新記録を叩き出したという歴史もあって、陸上に関しては長年の実績がある学校といえます。

山本選手がこの高校を選んだのはその強豪ぶりへの憧れもあったのでしょうか。

あくまで私の推測ですが、中学で全国に届かなかった悔しさを持ったままレベルの高い環境を求めて岡崎まで進学した、という流れは十分に考えられます。

全国大会初出場は高校2年生

高校に入ってからの山本選手は800m・1500m・3000mと複数種目に挑戦するようになります。

そして高校2年生の山形インターハイ800mで、ついに全国大会初出場を果たしました

中学時代に「かすりもしなかった」と本人が振り返っていたことを思うとこの初出場はかなり感慨深いものがあるはずです。

さらに高校3年生の三重インターハイでは1500mと3000mの2種目で出場権を獲得。

駅伝でも高校2年・3年時に全国高校駅伝に出場し、高3の全国女子駅伝では6区を走って愛知県チームの優勝に貢献しました。これ、すごい数の全国大会ですよね。

引退寸前だったという事実

あまり知られていないかもしれないのですが山本選手は高校3年時に両足が疲労骨折になってしまい、インターハイ出場を断念した経緯があります。

本人は「出られたら引退しようと思っていた」と語っていたそうで、大会に出られなかったことで「もう一度だけ全国で戦いたい」という気持ちが生まれ、大学進学を決意することになりました。

ここ、ちょっと本当に気になっていたんですが。

もしあの怪我がなくてインターハイに出ていたら、山本有真選手はそのまま陸上を引退していたかもしれない、ということです。

ケガって当然よくないことだけど結果的にそれが「もう一度」を引き出した。人生って本当に読めないですよね。

大学時代

名城大学・人間学部人間学科へ進学

大学は愛知県名古屋市にある名城大学の人間学部人間学科に進学し、女子駅伝部に所属しました。入学は2019年4月、卒業は2023年3月です。

名城大学といえば女子駅伝界では「最強校」の名を欲しいままにしているチームです。

山本選手が在学した期間(2019〜2022年)は全日本大学女子駅伝で6連覇を達成しており、彼女自身もその中心メンバーとして走り続けました。

名城大学ってどんな大学?

名城大学は愛知県名古屋市に本部を置く私立大学で「理工・農・薬・経済・経営・情報工学・人間学部」など複数の学部を持つ総合大学です。

山本選手が所属した人間学部人間学科の偏差値は47.5〜50.0前後とされています。

一般入試の難易度的にはそれほど高くない水準ですが、女子駅伝部の強さは全国トップクラスで、体育推薦での入学がメインになっていると考えられます。

名城大学の女子駅伝部は西本真弥監督(当時)のもとで強化が進んだチームで、選手寮での合宿生活も含めた徹底した環境が整っていることで知られています。

全国の高校陸上強豪校からトップ選手が集まる、まさに女子長距離の頂点を争うチームです。

1年生から4年間フル稼働

入学直後からレギュラーとして起用され、1年生の2019年全日本大学女子駅伝で4区区間賞を獲得。

その後も4年連続で同大会の区間賞を取り続け、富士山女子駅伝でも4年間全ての大会で区間賞とまさに圧巻の安定感でした。

けっこう、こういう「4年間ずっと区間賞」っていう数字があまりピンとこない人もいると思うんですよね。

でも実際、日本中の大学から強豪選手が集まる全国大会で毎年区間賞を取り続けるって、想像以上にとんでもないことだと思います。

大学2年生で「やめたい」と言いに行った

これ、本人がインタビューで語っていることなので書かせていただくんですが。

山本選手は名城大学2年生のとき、監督のもとへ行って「遊びたいので、もう辞めたい」と伝えたことがあります

厳しい練習と寮生活の中で、同世代の友人たちが自由に過ごしているのを見て「自分だけ何やってるんだろう」と感じてしまったと。その気持ち、なんか分かる気がします。

ところが、ちょうどそのタイミングで同期の選手がユニバーシアードの日本代表に選ばれたというニュースを見て「自分は遊んでいるのに」という悔しさが戻ってきた。

さらに、幼いころに亡くなったお母さんが体に障害があってもスポーツを愛し続けた人だったという話を姉から聞いて、「健康な体を授けてもらったのに使わないのは違う」と思い直したそうです。

この話、個人的にはかなり印象深かったです。

後のパリオリンピック代表が、一度は監督に「辞めます」と言いに行っていた。そういう「あのとき辞めていたら」が、選手のキャリアにはいくつも重なっているんですよね。

個人種目でも頂点へ、日本人学生最高記録も達成

競技に戻ってからの山本選手は4年生時に日本インカレ5000mで初優勝。2022年10月の栃木国体女子5000mでは、当時の日本記録保持者だった廣中璃梨佳選手を下して優勝するという快挙を成し遂げました。

しかも同年5月のノベオカ大会5000mでは15分16秒71を記録し、当時の日本人学生歴代最高タイムを更新。外国人選手も多数出場するハイペースのレースで先頭集団についていった結果とのことです。

いや、どんどん話が大きくなりますよね。笑。「辞めたい」って言いにいった選手と同一人物なのかと。

卒業時のコメントがまた刺さる

山本選手は2022年度をもって名城大学を卒業する際、SNSにこんな言葉を残しています。

「振り返ると辛いこともたくさんあったけど名城大学でよかった、あの時陸上を辞めなくて良かったと思える4年間でした」。

大学2年生で「辞めたい」と言いに行った人が、卒業時に「辞めなくてよかった」と言う。その4年間がどれだけ密度の濃いものだったか、この一文に全部詰まっている気がします。

大学卒業後

2023年春から積水化学工業へ

2023年4月、積水化学工業女子陸上競技部に入社しました。入社1年目からアジア選手権女子5000mで日本人女性初の金メダルを獲得し、同年のブダペスト世界陸上にも出場。

翌2024年にはパリオリンピック陸上女子5000m日本代表に選出され、2025年には東京世界陸上競技選手権大会の女子5000m代表にも選ばれています。

高校時代に両足疲労骨折でインターハイを断念し、大学2年で辞意を伝えたあのランナーがです。

学歴まとめ

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学校校名所在地
小学校堤小学校愛知県豊田市
中学校豊田市立前林中学校愛知県豊田市
高校私立光ヶ丘女子高等学校愛知県岡崎市
大学名城大学人間学部人間学科愛知県名古屋市

改めて見ると、小学校から大学まで全部愛知県なんですよね。地元から一歩も出ずに日本のトップに上り詰めたというのはある意味でとても珍しいキャリアだと思います。

愛知・豊田で走り始めた子がそのまま愛知の名門校を経てパリまで行ってしまった。なんかすごいですよね、それだけで。

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