永田美絵のプロフィールや魅力 プラネタリウム界のカリスマの正体

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この記事を読めば永田美絵さんがなぜ「癒しの星空解説員」と呼ばれるのか、その理由と人生のリアルな歩みがわかります。

プラネタリウムって子ども向けの施設だと思ってました?私も最初はそう思ってたんですけど、永田さんのことを調べていくうちに、なんかもうそのイメージがガラッと変わってしまったんです。

星が好きな人はもちろん、「大人になってから何かに夢中になれる仕事ってあるのかな」って悩んでる人にも、けっこう刺さる内容になっていると思います。

まず結論から言うと永田さんの魅力は知識量じゃないんですよね。そこがちょっと意外だったので、今回はそのあたりを深掘りしてみました。

目次

永田美絵さんのプロフィール

調べ始める前にまず基本情報を整理しておきますね。表にまとめるとこんな感じです。

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項目内容
氏名永田美絵(ながたみえ)
出身東京都品川区生まれ、神奈川県川崎市育ち
学歴東京理科大学理学部物理学科卒業
現職コスモプラネタリウム渋谷チーフ解説員(2010年11月開館時より在籍、2017年4月チーフ就任)
キャッチフレーズ癒しの星空解説員
メディア出演NHKラジオ第一「子ども科学電話相談」天文・宇宙回答者(2000年〜)
連載東京新聞「星の物語」
主な著書『カリスマ解説員の楽しい星空入門』(筑摩書房)、『天体のふしぎがわかる星と星座の図鑑』(大和書房)など

こうやって見ると肩書きが本当に多いんですよね。正直、一人でここまでやってるの?って驚きました。

なぜ星空解説員を目指したのか

ここでは永田さんの子ども時代のエピソードから解説員になるまでの経緯を紐解いていきます。

月食との出会いが人生を決めた

永田さんが天体に興味を持った一番のきっかけは小学生の頃に見た皆既月食だったそうです。

望遠鏡のファインダーの中で月がどんどんズレていく様子を目にして「地球って本当に自転してるんだ」と実感した瞬間、なんというか、そこがもう運命の入り口だったみたいですね。

しかも弟の友達が持っていた望遠鏡を借りて見たというのも、なんか偶然というかご縁って感じがして個人的にはこの話がすごく好きです。

中学生の頃にはNASAの探査機ボイジャー号が撮影した木星や土星の映像に衝撃を受けて、写真集を買うお小遣いがなくて1冊だけ買ってずっと眺めていたという話もありました。

ちなみに、ご自身のお父さんは実は天体好きではなくて遺跡好きだったらしく、天体への興味は家系というより本人の資質だったんじゃないかなと思います。

この辺り、意外と「親の影響」って単純じゃないんだなと感じました。

大学1年生からアルバイトでプラネタリウムの世界へ

理科系の大学を出ることが解説員になる必須条件だと当時言われていて、東京理科大学の物理学科に進学、天文部に入ったそうです。

そこから天文部の先輩の紹介で東京都町田市にあった「東急まちだスターホール」でアルバイトを始めたのが大学1年生のときでした。

驚いたのがいきなり45分間の生解説を自分でシナリオから作って担当していたという点です。

真っ暗な中でカンペも使えず、電話ボックスで通話中のフリをしながら練習していたというエピソードもあって、なんかもう地道な努力の塊だなと思いました。

そして大学卒業と同時に渋谷にあった五島プラネタリウムに欠員が出たタイミングで応募し、採用されたそうです。

3度の閉館とキャリアの転機

アルバイト8つ掛け持ちの時期があった

永田さんは新卒で入った五島プラネタリウムを含めて、これまでに3回もプラネタリウムの閉館を経験しているそうです。

出産を機に一度退職し、その後フリーランスの解説員として約10年間活動していた時期もあったとのこと。

子育てや離婚が重なった時期には解説の仕事に加えてコンビニ店員や塾講師など、なんと合計8つのアルバイトを掛け持ちしていたという話でした。

正直、この部分だけでもかなり重い話なのに、記事によってはさらっと1、2行で終わっていることが多いんですよね。

でもわたし的にはここが一番グッとくるところだったので、少し丁寧に書いておきたいです。

ミッションを見つけて仕事の依頼が増えた

先が見えない不安な時期に「なんでこの仕事をしているんだろう」と深く考え抜いたそうです。

その結果、

宇宙を知ることで地球がすごい星だと知り、そこに生きている私たちも素晴らしい存在なんだと感動した、この感動を伝えることが自分のミッションだ

という答えに行き着いたと語っています。

気が楽になった途端、いろんなことにチャレンジしたくなったというのが印象深いです。

本を出したいと言葉にし続けていたら、実際に出版につながったというのも面白くて、口に出すことの力ってこういうところに出るんだなと思いました。

あくまで永田さん本人の実感として語られている話ですが、これはかなり説得力があるエピソードだと感じます。

コスモプラネタリウム渋谷での仕事のリアル

普段目に見えない解説員の裏側の仕事について、ちょっと掘ってみましょう。

解説だけじゃない、経理から人事まで

永田さんの仕事は星空解説だけではなくて番組制作やイベント企画、館内展示、接客誘導、経理、人事まで多岐にわたっているそうです。

コスモプラネタリウム渋谷ではすべての番組をスタッフが自作していて解説員が原案を考え、仮台本を作り、絵コンテを描いてから映像や音楽の専門家と相談していく流れになっているとのこと。

3カ月から数年単位で番組を制作するというのも正直かなり時間がかかる作業だなと感じました。

でもだからこそ、それぞれの番組に解説員の個性がしっかり出るんだろうなと思います。

なぜ「気絶している人が多い」と言われるのか

永田さんの解説の回では寝てしまうお客さんが多いことから「癒しの星空解説員」というニックネームがついたそうです。

40年以上解説を続けているベテランで、声のトーンがとても穏やかだというのも納得の理由ですよね。

チーフ解説員になったとき、他施設との差別化を考えて「一期一会の投影をしよう」という結論に至ったそうで、同じ日は二度とないという投影を毎回大切にしているという姿勢が伝わってきます。

感動力という独自の解説員論

ここが個人的に一番「なるほど」と思った部分です。

知識量では張り合わない、感動を伝える

永田さんは良い解説員の条件を聞かれた際、「絶対に感動力が高い人です」と即答しています。

天文学者ではないので知識は必要だけど、知識量で競う必要はなく、目の前の星がどれだけ美しいかを伝えることの方が大事だという考えなんですね。

新人研修でも

「好きなもの、美しいと感じるものにたくさん触れて過ごしてください」

と伝えているそうです。

これって一般的な「専門性を高めよう」という発想とはちょっと逆の方向性だなと思いました。

とはいっても、知識がいらないという話ではなくて、感動が伝わるかどうかが優先順位として一番上にあるという意味だと理解しています。

個人的にはこれはどんな仕事にも通じる話なんじゃないかなと感じました。

子どもたちとの向き合い方から見える人柄

NHKラジオ「子ども科学電話相談」では20年以上天文・宇宙分野の回答者を務めています。

「大好きなからあげの星座を作りたい」

という子どもの質問に対して真剣に向き合い、後日別の子がからあげ座の絵を描いて持ってきてくれたというエピソードも紹介されていました。

台本がないラジオ番組で子どもの想像を超えた質問にその場で対応し続けているというのは、なかなか大変な仕事だろうなと思います。

子どもの「なぜ?」に対しては大人が分からないことを「わからない」と素直に言えることが大事だと語っていて、これもすごく実用的なアドバイスだなと感じました。

永田美絵さんの著書と監修作品

最後に永田さんが手がけた本を簡単に整理しておきます。

  • 『カリスマ解説員の楽しい星空入門』(筑摩書房、2017年)著書
  • 『天体のふしぎがわかる星と星座の図鑑』(大和書房)著書
  • 『星と宇宙のふしぎ109』『太陽系のふしぎ109』(偕成社)著書
  • 『星座と神話大じてん』(成美堂出版)著書
  • 『小学館の図鑑NEOまどあけずかんうちゅう』(小学館、2022年)監修
  • 『角川の集める図鑑GET!星と星座』(KADOKAWA)総監修

ちなみに永田さんの名前がついた小惑星(11528)Mieが存在するという話もありました。

ここはちょっと自分でも意外だった情報で詳しい命名の経緯まではわからなかったんですが、長年の功績が認められた結果なんだろうなと推測しています。

星が好きな人はもちろんですが「不安な時期にどう仕事と向き合うか」というテーマとしても、永田さんの生き方には学べるところが多いなと思いました。

プラネタリウムに行く機会があればぜひ一度、生解説の時間帯を確認して足を運んでみてほしいです。

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