この記事を読めばM!LKリーダー・吉田仁人(よしだじんと)さんの家族構成と本人が語ったリアルなエピソードがぜんぶわかります。
ちょっと調べ始めたら、予想以上に家族への愛情が深くて、気づいたら読み込んでいました。
「大きな家を建てる」という17歳の誓い、お母さんとの特別な誕生日の話、弟とのゲームのエピソードまで。
この人の家族エピソードって一個一個がすごく具体的で温かいんですよね。
吉田仁人の家族構成
4人家族 鹿児島から東京へ。
吉田仁人さんの家族構成は「お父さん、お母さん、本人、弟」の4人家族です。本人も雑誌のインタビューで「俺はパパとママと六個下に弟がいます」と語っています。
出身は鹿児島県霧島市。中学3年生の夏、芸能活動の拠点を東京に移すために家族全員で上京しています。
この「家族ごと東京に引っ越す」という決断、なかなかすごいと思うんですよね。
当時、仁人さんは中学生で弟さんは小学3年生くらい。子ども2人を連れて地方から都内に転居するって、親御さんにとってはかなりの覚悟が必要だったはず。
それを「がんばれ!」と笑顔で動いてくれた家族がいたからこそ、今のM!LKリーダーがいるんだと感じます。

お父さんとのエピソード
手料理と誕生日ケーキ
仁人さんのお父さんといえばまず「料理が上手」という話が出てきます。
オフィシャルブログには疲れて帰ってきたとき父親が好きな手羽先の煮込みを作って待っていてくれた、というエピソードが記されています。
毎年12月15日の誕生日には、お父さんが手作りケーキを焼いてくれるのが吉田家の定番になっているようで、バースデーケーキのネームプレートが2枚並ぶ(後述のお母さんとの誕生日の話につながります)というのも、じわじわくる光景ですよね。
芸能界って体力的にも精神的にも消耗することが多い仕事だと思うんですけど、「帰ったら温かいご飯がある」という安心感が仁人さんの精神的な安定につながっているんじゃないかなと感じます。

少し天然なお父さん説
これはかなりざっくりした話なんですが、家族みんなが揃ってちょっと天然気味らしくて(笑)。
本人自身も「抜けてる」と自称することが多いですし、弟さんも天然エピソードがある。
お父さんについても「天然な部分がある」という情報が複数のインタビューで触れられています。家族全員でその空気を共有しているってなんかいいですよね
お母さんとのエピソード
誕生日が同じという奇跡
仁人さんとお母さん、なんと誕生日が同じ12月15日なんです。
本人も16歳の誕生日にオフィシャルブログで「実はお母さんと誕生日がおんなじ!」とさらっと書いていて、そのさらっと感が逆にかわいかったです。
そしてその日のバースデーケーキにはネームプレートが2つ。
「俺とママは誕生日が同じなので、バースデーケーキにはネームプレートが2つ乗ります」
という本人のコメントも残っています。
誕生日が親子で同じって考えてみると不思議な縁ですよね。
お母さんからすると自分の誕生日に出産という体験をしているわけで、「その日」の意味がすごく重なっているというか。
仁人さんが生まれてくるのに19時間かかったという話もブログに書かれていて、「その時からお母さんに苦労かけてばかりだったんだなぁ」という本人の言葉がとても好きです。

20歳まで一度も褒めてくれなかったお母さん
これ、読んだとき「えっ、そんな環境で育ったの?」と一瞬思ったんですが本人の語り方がすごく穏やかで。
仁人さんは過去のラジオやインタビューで「20歳になるまで一度も褒められたことがなかった」と語っています。
でもそれを「辛かった」というトーンで話しているのではなく、むしろ成人してから初めて芝居を「良かったね」と言ってもらったことが嬉しかった、というような話し方をしていたそうで。
雑誌のインタビューでは
「俺も厳しかったけど、お母さんよりも親戚全体が厳しかったな(笑)。敬語とか、大人の対応を小さい頃から教わってた」
とも話しています。
鹿児島という土地柄もあるのかもしれませんし、家族全体でそういう教育方針だったのかも。
いずれにせよ、その環境で育ったからこそ今の礼儀正しさやリーダーとしての姿勢がある気がします。あくまで私の考えですけど。

お母さんのお弁当
雑誌のインタビューで「お母さんの好きな手料理は?」という質問に、仁人さんは「お弁当で作ってくれるオムライス!」と即答しています。
手羽先煮込みはお父さんの得意料理で、オムライスはお母さんのお弁当。それぞれ担当があるというのが、またなんとも家庭的でいいなあと思いました。

弟さんとのエピソード
6歳差の天然な弟
弟さんは仁人さんより6歳年下の一般人。顔写真などは公開されていませんが、本人が「弟とめっちゃ顔が似てる」と話しています。
お兄ちゃんが中学生のころに転校して東京の学校に通い始めた弟さん。
仁人さんの芸能活動に伴って環境が変わったわけで、弟さんにとってもなかなかの経験だったんじゃないかな、と思うんですよね。
本人いわく「弟も抜けてる」とのことで、家族全員が揃って天然気味という疑惑がますます濃くなっています(笑)。
お母さんと歌を間違えた歌詞で歌う習慣があるとか、「ぁー!初〇〇だー!」が口癖とか、そういう小話が本当にかわいい。
弟が、なんでも
— 吉田仁人 (@Y_Jinto_1215) January 1, 2017
「ぁー!初〇〇だー!」って
初を付けたがる。#きらめけ吉田 #吉田仁人
折り紙のプレゼントとマリオカート
弟さんとのエピソードで個人的にいちばん好きなのが折り紙の話です。
2016年のSNS投稿に、弟さんが手作りした「クマサンタのリース」の写真が載っていて、「弟が作ってくれました。上手なんだが」という一言が添えられていました。
クマサンタのリース。
— 吉田仁人 (@Y_Jinto_1215) December 24, 2016
弟が作ってくれました。
上手なんだが。#きらめけ吉田 #吉田仁人 pic.twitter.com/uRRxzi66j3
その年、弟さんはまだ8歳。8歳の子が作った折り紙をSNSに載せてる兄のほうも、十分かわいいと思う(笑)。
マリオカートで一緒に遊ぶ様子もブログに残っていて、「『今年こそ勝つっ!!』と息巻く弟に、容赦なくアカこうらをぶつけて一位でゴールする兄。(俺)」というくだりが最高すぎます。
年上なのにガチで勝ちにいくのが、なんともらしい。

悩んでいると感じたらご飯に誘う
小さな話にちょっと熱量を使いすぎてしまいましたが真剣な部分もあって。
仁人さんは弟さんが悩んでいると感じたとき、自分からご飯に誘うことがあると語っています。
6歳差という年齢差もあってか、弟に対してかなり「お兄ちゃん」している部分があるようです。
これ、M!LK内では「パパポジション」と言われるくらいメンバーを気にかける仁人さんですけどその気質って家庭でも自然に発揮されているんだなあと感じました。
「大きな家を建てる」という17歳の誓い
ブログに刻まれた言葉
仁人さんが17歳の誕生日に投稿したオフィシャルブログにこんな一文が残っています。
「家族に、大きな家を建てる!っていうのが昔からの僕の夢です。絶対に叶えます。本当にこの家族が大好きです。」
「昔からの夢」という言葉にちょっと引っかかりました。
芸能界に入る前から、子どもながらにそういう夢を持っていたということですよね。
鹿児島から東京に一家で引っ越してくれた両親への感謝と、「自分が支える」という強い意志がこの短い文章にぎゅっと詰まっている気がします。
その気持ちは変わっていないはず
2016年に書かれたこの言葉から、2026年の今まで約10年が経ちました。
M!LKは今年でグループ結成12周年。
仁人さん自身も26歳になり、ソロでの楽曲制作やラジオのレギュラーパーソナリティ、俳優活動など活動の幅が広がっています。
「大きな家を建てる」夢がどこまで実現したのかは本人以外には分かりませんが、家族への感謝を口にし続けている姿を見ると、その気持ちはいまも変わっていないだろうなと感じます。
あくまで私の見立てですけどこういう人って本当に有言実行するタイプだと思う。
まとめ
- 家族構成は「お父さん、お母さん、本人、弟」の4人家族で、中学3年生のとき全員で鹿児島から上京
- お父さんは料理が上手で帰宅すると好きな料理を作って待っていてくれる存在
- お母さんと誕生日が同じ12月15日という特別な縁があり、毎年ケーキのネームプレートが2枚並ぶ
- お母さんは20歳まで一度も褒めなかったというエピソードが有名で、厳しさの中に深い愛情があった
- 弟さんは6歳年下で顔がよく似ており、折り紙プレゼントやマリオカートなど微笑ましいエピソードが多数
- 17歳のブログに「大きな家を建てる、絶対に叶えます」と書き残しており、その言葉はずっとファンの心に残っている
公式ブログや雑誌インタビューを読めば読むほど吉田仁人さんの言葉の温度って一定していて、家族への想いが軸にあるんだなと改めて実感します。
M!LKのライブやラジオを聴くとき、そのバックグラウンドを知っていると、またひと味違う見え方になるかもしれません。
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