SUNGHOON(ソンフン)のフィギュアスケート時代や幼少期について徹底解説【ENHYPEN】

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ENHYPENのメンバー、ソンフン(SUNGHOON)はフィギュアスケート選手としての華々しい経歴を持ちながら、アイドルという夢を追いかけた異色の存在なんです。

SUNGHOONの幼少期からデビューまでの道のりは努力と情熱に満ちた物語として多くのファンの心を掴んでいますよね。

目次

幼少期と視力の問題

ソンフンの幼少期には、実は大きな困難がありました。

生まれつき右目が弱視でほとんど見えない状態だったんです。

治療のために片目を12時間も隠しながら過ごす日々を送っていたそうで、その影響で内気で消極的な性格になってしまったといいます。

そんな我が子を心配した両親は、「少しでも活発な性格になってほしい」という願いを込めて、スポーツをすることを勧めました。

最初はアイスホッケーを習っていたソンフンですが、たまたまフィギュアスケートを体験する機会があり、そこから本格的にフィギュアスケートの道へ進むことになります。

フィギュアスケート選手時代

キャリアのスタート

ソンフンは9歳の頃からフィギュアスケートを始めました。

お母さんの勧めがきっかけだったそうですが、すぐにその才能を開花させていきます。2010年から本格的な選手活動を開始し、約10年間にわたってフィギュアスケートに打ち込む日々を送りました。

ソンフンは韓国の名門トレーニング施設である太陵(テルン)のクラブに所属しており、シーズン中は週に40時間、オフシーズンでも30時間という過酷な練習スケジュールをこなしていたんです。

コーチはチ・ヒョンジョン氏で、振付師にはドリュー・ミーキンスや元フィギュアスケート選手の鈴木明子さんといった国際的な指導者たちが関わっていました。

華々しい競技成績

ソンフンのフィギュアスケート選手としての実績は本当に素晴らしいものでした。

2015-16シーズンにはまだノービス(初級)クラスながら、アジアンフィギュアスケートトロフィーとロンバルディアトロフィーという2つの国際大会で金メダルを獲得しています。

2016-17シーズンにジュニアクラスに上がってからも、アジアンフィギュアスケートトロフィーで銀メダルを獲得し、韓国代表としてエストニアで開催されたISUジュニアグランプリに出場しました。

翌2017-18シーズンには再びアジアンフィギュアスケートトロフィーで銀メダルを獲得し、ポーランドでのISUジュニアグランプリにも出場しています。

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大会名カテゴリー順位
ロンバルディアトロフィー2015ノービス金メダル
アジアンフィギュアスケートトロフィー2015ノービス金メダル
アジアンフィギュアスケートトロフィー2016ジュニア銀メダル
ISUジュニアグランプリ(エストニア)2016ジュニア15位
アジアンフィギュアスケートトロフィー2017ジュニア銀メダル
ISUジュニアグランプリ(ポーランド)2017ジュニア16位
アジアンフィギュアスケートトロフィー2018シニア7位

2018-19シーズンからはシニアクラスに昇格し、ISUチャレンジャーシリーズのアジアンフィギュアスケートトロフィーやアルペントロフィーに参加するなど、韓国を代表する若手選手として活躍していました。

彼の自己ベストスコアは、2018年8月のアジアンオープンフィギュアスケートトロフィーで記録した合計163.76点(ショートプログラム58.62点、フリースケーティング105.14点)です。

ロンバルディアトロフィーでの映像(2015年)

アジアンフィギュアスケートトロフィーでの映像(2016年)

アジアンフィギュアスケートトロフィーでの映像(2017年)

アジアンフィギュアスケートトロフィーでの映像(2018年)

韓国フィギュアスケート界での評価

ソンフンは韓国代表の強化選手に選ばれるほどの実力者で「韓国の羽生結弦」とも呼ばれていました。

2018年時点では、彼の使用楽曲は映画「ムーランルージュ」の「Your Song」がショートプログラム、「オペラ座の怪人」がフリースケーティングでした。

ISU(国際スケート連盟)の公式サイトにもプロフィールが掲載されており、趣味はガンプラ(ガンダムのプラモデル)作りだったそうです。

練習生としての日々とアイドルへの転身

BTSとの出会いがきっかけ

フィギュアスケート選手として順調にキャリアを築いていたソンフンですが、ソンフンの人生を大きく変える出来事が訪れます。それは、BTSのコンサートを観たことでした。

「自分も同じようなステージに立ちたい、素敵な人になりたい」と強く思ったソンフンは、アイドルになりたいという新しい夢を抱くようになったんです。

2018年、17歳の時にBig Hitエンターテインメント(現HYBE)の練習生になったソンフンですが、実は最初のきっかけは意外なものでした。

インスタグラムのDMを通じてBig Hitのスカウト担当者から声をかけられたのがスタートだったそうです。

当初ソンフンはダンストレーニングがフィギュアスケートの表現力向上に役立つかもしれないと考えて練習生になったんですが、実際に活動していく中で、他の練習生たちと一緒に学ぶことが楽しくなり、本気でアイドルを目指すようになったといいます。

二足のわらじを履いた過酷な日々

ソンフンはフィギュアスケート選手としても有名で実力があったため、すぐに辞めることはできませんでした。

そこでソンフンが選んだのはフィギュアスケート選手とアイドル練習生という二つの道を同時に歩むという、想像を絶する選択だったんです。

17歳から19歳までの約2年間、ソンフンは朝にフィギュアスケートの練習をこなし、午後から夕方にかけてはダンスや歌などの練習生としてのレッスンを受けるという生活を送っていました。

この時期、同じくENHYPENのメンバーとなるジェイとは特に仲良くなり、多くの時間を共に過ごしたそうです。

どんなに大変でも諦めずに挑み続けたソンフンの姿勢はソンフンの努力家な一面を物語っていますよね。

まさに「二つの夢を同時に追いかける」という、普通の人なら考えられないような挑戦を続けていたわけです。

フィギュアスケートからの引退

2020年2月20日から21日にかけて開催された第101回全国冬季体育大会が、ソンフンにとってフィギュアスケート選手としての最後の舞台となりました。

この大会ではシニア男子部門で7位という結果を残し、10年間のスケート人生に幕を閉じたんです。

引退を決意した理由は、サバイバルオーディション番組『I-LAND』への参加でした。

『I-LAND』の中でソンフンは、「デビューできなかったらどうする?選手に戻る?」という質問に対して、「もう選手には戻れないよ」と答えています。

この言葉からはソンフンがどれほどの覚悟を持ってアイドルの道を選んだのかが伝わってきますよね。

たくさん悩んだ末にフィギュアスケートという確かな実績のある道を断ち、アイドルになるという夢を掴み取る決断をしたソンフンの姿は多くのファンの心を動かしました。

ソンフンが愛されるポイント

ソンフンの魅力はフィギュアスケート選手としての華麗な経歴だけではありません。

幼少期の弱視という困難を乗り越え、10年間打ち込んできたフィギュアスケートを諦めてまで追いかけた夢への情熱、そして練習生とアスリートという二足のわらじを履きながらも決して諦めなかった強い意志が、多くのファンの心を掴んでいるんです。

ハンサムな顔立ちときれいについた筋肉、そして氷の上で培った優雅な身のこなしはステージ上でも際立っています。小さい頃からほとんど変わらない整った顔立ちも、ファンの間では話題になっていますよね。

フィギュアスケートという確固たるキャリアを持ちながら、新しい夢に挑戦する勇気を持ったソンフン。彼の物語は夢を追いかけるすべての人に勇気を与える、まさにアイドルという存在そのものなんです。

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