新田さちかの通っていた高校、大学などの学歴まとめ

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この記事を読めば新田さちかさんの小学校から大学卒業までの学歴が、各学校の特徴や浪人のエピソードも含めて全部わかります。

女優やモデル、実業家として活躍する新田さちかさんって、実はかなり意外な学生時代を送っていたんです。

陸上部で腰の疲労骨折をしたり、映画に感化されて急に受験を決意したり、早稲田大学を目指して浪人したり。

今の洗練されたイメージからは想像しにくいけれど、けっこうドラマチックな学生時代だったんですよね。

調べれば調べるほど、「あ、そういう人だったんだ」って発見が多くて個人的にはすごく親近感がわきました。

目次

小学校時代 走り回っていたわんぱく少女

出身小学校は非公開、でも中身は想像以上に濃かった

新田さちかさんの小学校については公式に学校名は公表されていません。

出身地である石川県金沢市内の小学校であることは間違いないですが、具体的な学校名は現在も不明です。

あくまで憶測ですけど金沢市立大徳小学校という情報が複数のサイトに出回っていて、ご本人の居住エリアとも一致しやすいのでそこである可能性は十分あるかなと思います。

ただし公式確認はとれていないので、「推測」の域を超えていない点は念頭においてください。

それよりも私が気になったのは、小学生時代のキャラクターの話なんです。

ご本人が月刊陸上競技のインタビューで語っていたんですが

「男の子と走り回っていた」
「ケンカ相手はいつも男の子」
「声が大きすぎて別のクラスの子にまで顔を知られてた」

と言っていて😂。

今の上品なイメージとのギャップがすごくてちょっと笑ってしまいました。走ることには子どもの頃から自信があったそうで、その運動神経は陸上部での活躍につながっていくわけです。

中学校時代 陸上部で腰の疲労骨折まで

出身中学校も非公開 おそらく金沢市内の公立校

中学校についても公式には発表されていません。

こちらも金沢市内の公立中学校だとは思うのですが、特定はできていない状態です。

金沢市立大徳中学校という情報を見かけることはありますがこれも確認のとれていない推測の範囲です。

中学で陸上部に入部、短距離と走幅跳を3年間

中学校に入ったタイミングで陸上部に入部します。

きっかけはわりとあっさりしていて、「仲のいい友達が入るから、じゃあ自分も」という感じだったとか。

バスケ部にも興味はあったけど「体育の授業でできるし」という理由でやめたらしくて、なんか、その判断の仕方がすごくリアルで笑えます。

種目は100mと200mの短距離、それに走幅跳

50mのタイムが7秒2ほどだったとインタビューで話していて走幅跳は4mは超えていたとのこと。

大会のたびに記録が伸びていったのが楽しかったと語っていて、その充実ぶりが伝わってきました。

ところが、中学3年の夏に腰の疲労骨折を経験しています。

本人いわく「身体に異変があることすら気がつかなかった」らしく、病院に行ってはじめて発覚したというエピソード。

それだけ練習に集中していたということでもあるし、「周りが見えなくなるタイプ」というご本人の言葉がすごく正直で印象的でした。

この「一度集中したら止まれない」性格は後の受験期にも、芸能活動でも、そのままつながっているような気がします。

高校の学歴 石川県の名門・星稜高等学校

星稜高校とはどんな学校なのか

新田さちかさんが通っていた高校は石川県金沢市にある私立・星稜高等学校です。

全国的には野球で知られていて。

松井秀喜さんや本田圭佑さんの母校といえば「あ、あの学校か!」となる人も多いはず。

スポーツ名門校というイメージが強いかもしれません。

でも実際には進学実績もかなり充実している学校なんですよね。

コース制を設けていて、Aコース(偏差値66〜67)、Bコース(偏差値57〜58)、Pコース(偏差値55)というように、進路に合わせた細かい対応がされています。

Aコースは平日に7限授業があり指定土曜日の特別講座も必須という、かなりハードなカリキュラム。

東大や京大、医学部を目指すようなコースです。

石川県内の私立高校の中では最高水準の難易度なのでここに合格するだけでもかなりの実力が必要だとわかります。

Twitter(X)でも出身高校を聞かれた際に、「星稜高校ですよ」と答えている投稿を確認することが出来ます。

新田さんは陸上部なしの帰宅部、でも3年で目覚める

星稜高校に進学した新田さんですが、高校では陸上を続けませんでした。

「星稜の陸上部は中学時代から強豪だったし、さすがについていけないと思った。あと少し遊びたかった」

とインタビューでご本人が明かしています😅。

中学で疲労骨折まで経験したからこそ一度立ち止まりたかったのかもしれませんね。

それより気になったのは勉強面の話。

高校2年生の担任の先生が熱心に指導してくれたことで、そこからはじめて学業に本腰を入れるようになったとのことで、映画『ビリギャル』に感化されたというのはよく知られた話ですが、実は担任の先生の存在も大きかったんですね。

ちなみにこれ、あまり注目されてないポイントだと思うんですけど、新田さんはTOEFLで80点という英語力も持っていたりします。

TOEFL80点は日本の大学生の中でもかなり高い水準で留学レベルとされる目安にもなる点数です。

高校時代からの英語学習の成果なのかそれとも大学入学後に取得したのかは明言されていないのですが、法学部での学びやその後のビジネス展開を考えると、語学力がベースにあるのは大きいなと感じます。

大学受験と浪人期間 早稲田を目指して1年間の挑戦

現役時に青学合格もあえて浪人を選んだ理由

ここが個人的に一番「へえ〜」と思ったポイントなんですが新田さんは現役時にすでに青山学院大学には合格していたんです。

それでも早稲田大学を目指して、あえて入学せずに浪人を選んでいます。

「行きたいところがある」という意志があったわけで、「どこでもいいからとりあえず受かったところに行く」という選択をしなかった。

これはわりとすごいことだと思うんですよね。

浪人期間は最初の3ヶ月を京都の予備校で過ごし、その後は埼玉の予備校の寮に入りながら東京まで通うという生活を送っていたとか。

金沢から京都、埼玉という移動だけで環境の変化がすごいんですが、地元を離れた場所でひとりで受験生活を送っていたということになります。

早稲田不合格、青山学院大学法学部へ進学

結果として早稲田大学には合格できず、最終的に青山学院大学法学部法学科への進学を決めます。

この浪人の事実は2020年のミスコン出場中に自身のSNSで「ばれた!隠すつもりもないけどもね。浪人してましたよ☺️」とさらっとカミングアウトしたことで話題になりました。

隠すわけでもなくかといって大げさにアピールするわけでもない。このさっぱりした性格、なんか好感が持てるんですよね。

青山学院大学法学部 大学生活と芸能デビュー

青学法学部ってどんな学部?

新田さんが進んだ青山学院大学法学部法学科の偏差値は60〜68程度とされていて(指標によって幅あり)、MARCH内でも上位の水準です。

渋谷・表参道エリアの青山キャンパスに通うことになるので、上京して初めてあのエリアの空気感を浴びるわけですよね。

金沢から来た新田さんが「垢抜けない普通の女の子だった」と語っていたのも、なんかリアルだなと思いました。

法学部は条文の解釈や論述力が求められる学部なので、論理的にものごとを考える力が自然と鍛えられます。

その後に会社を設立して代表取締役に就任する新田さんのキャリアを考えると法学での素地はけっこう生きているんじゃないかなという気がします。

フットサル部、スタババイト、CanCam読者モデルの3本柱

大学ではフットサル愛好会に所属し、スターバックスでのアルバイトを3年間続けていたとのこと。

コーヒーが好きになったのはスタバのバイトがきっかけで、大学時代に純喫茶巡りが趣味になったのもその延長線だとご本人がインタビューで話していました。

なんか、すごくイメージ通りというかおしゃれな学生生活だなと思います。

大学2年のうちに単位をほぼ取り終えていたというのも印象的で、「学業との両立は大変ではないですか?」という質問に「2年までに単位はしっかり取っていたので、両立というほどではありません」と答えていたんです。

先を見越した計画性。これも法学部で培った側面があるかもしれないし、もともとの性格かもしれない。

ミスコン準グランプリがすべての起点になった

大学3年の2020年、ミス青山コンテストに出場して準グランプリを受賞

このミスコン出場がきっかけでSNSフォロワーが急増し、そこにホリプロからインスタグラムのDMが届いたことで芸能界入りが実現したと本人が語っています。

ちょっと面白いなと思うのが、ミスコン1位じゃなくて準グランプリだったというところ。

1位じゃなくても今の活躍があることを考えると、「結果そのものよりも、そこからどう動くか」という話でもあるし、あまり関係なかったのかもしれないし……まあ、正直よくわからないんですけど😅。

そうした多方面の活動を続けながら2022年3月に青山学院大学法学部法学科を卒業しています。

youtubeチャンネルには卒業式Vlogを投稿していました。

学歴から見えてくること 挫折があったからこその今

「順調じゃなかった」ことが一番のオリジナリティ

新田さちかさんの学歴で個人的に一番印象深かったのは、「失敗」がちゃんとある点なんです。

中学の疲労骨折、高3まで勉強しなかったこと、早稲田不合格、浪人。

どれも「こうなりたかったけど、なれなかった」経験です。

でもそれってよく考えると今のキャリアにものすごく直結していて。

腰を壊すまで練習に没頭した集中力は、受験勉強でそのまま使われていて、早稲田を目指して1年諦めなかった姿勢は、会社設立という大きな意思決定にもつながっている気がする。

自分の見立てでは「挫折を経験している人のほうが本番に強い」ということの、ひとつの実例なんじゃないかなと思います。

まとめ

  • 小学校・中学校は石川県金沢市内の学校と推察されるが、学校名は非公開(確定情報なし)
  • 中学時代は陸上部に3年間所属、短距離と走幅跳で大会にも出場し3年時に腰の疲労骨折を経験
  • 高校は石川県私立・星稜高等学校。Aコースの偏差値は66〜67で石川県トップクラス
  • 高校2年まで帰宅部で勉強にも本腰を入れず、担任の先生と映画『ビリギャル』をきっかけに受験を決意
  • 現役時は青学に合格済みも早稲田を目指してあえて浪人。早稲田は不合格に終わる
  • 浪人期間は京都・埼玉の予備校で過ごして1年間の受験生活を経験
  • 青山学院大学法学部法学科に進学、フットサル部・スタババイト・CanCam読者モデルを掛け持ちしながら2022年3月に卒業

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