Nichkhun(ニックン)の通っていた高校や学歴まとめ 【2PM】

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2PMのニックン(Nichkhun)って、実は複数の国で教育を受けた、かなり国際的なバックグラウンドを持つアーティストなんですよね。

アメリカで生まれたんですけどタイ、ニュージーランド、そして再びアメリカと、幼少期から青年期にかけて本当に色々な国で学校に通っていて。

その経験が今の彼の多言語能力や国際的な魅力の土台になっているんだなって思います。調べていくうちに、思った以上にグローバルな人生を歩んできた人だと分かって、正直驚きました。

目次

ニックンの生い立ちと国籍

ニックンの本名はニチクン・バック・ホルベチクル(Nichkhun Buck Horvejkul)っていうんです。1988年6月24日に、アメリカのカリフォルニア州ランチョクカモンガで誕生しました。

お父さんがタイ人でお母さんが中国系アメリカ人。タイ系アメリカ人として生まれたわけですが、なんと2歳の時に家族みんなでタイに移り住んでいるんですよね。

ちなみにこの移住の理由がすごく興味深くて。ご両親が子どもたちに自分たちのルーツである文化をしっかり理解させたかったのと、タイ語を習得させたいっていう思いがあったみたいなんです。

まあ、個人的な意見ですけどこういう親の決断って子どもの人生に大きく影響しますよね。

タイでの学校生活

バンコク郊外で暮らしていたニックンは地元の学校に通いながら成長していきます。タイでは複数の学校で教育を受けているんですが、その学歴をまとめてみました。

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学校名在籍学年
Thepkanchana School(テプカンチャナスクール)プレップ〜小学4年生
Tungpiruntham School(トゥンピルンタムスクール)小学5〜6年生
Nawamintharachinutit Satriwittaya Phuttamonthon School中学1年生(7年生)

実はこの時期のニックンって芸能活動には全然関心がなかったらしいんです。意外じゃないですか?

バドミントン選手として活躍する、完全に競技志向の少年だったそうで。スポーツ一筋。

タイでの生活を通じて母国の言語や文化をしっかりと身につけることができたんでしょうね。この基盤があったからこそ、後々の活動でタイでの人気が高まったんだと感じています。

ニュージーランドへの寄宿留学

12歳になったニックンはニュージーランドのワンガヌイ・コレジエイト・スクール(Wanganui Collegiate School)に留学するんです。

期間は約1年半で、寄宿制の環境だったんですよね。ニュージーランドに親戚がいたらしくて、その縁で留学先に選ばれたみたい。

個人的には12歳で親元を離れて寄宿生活って、かなり勇気がいることだったんじゃないかなと思います。

でもこの留学経験がニックンの英語力をさらに磨く重要な機会になったわけです。若い年齢での海外生活。自立心や国際感覚を養う、すごく貴重な経験になったんでしょうね。

アメリカでの高校時代

エティワンダ高校

ニュージーランドでの留学を終えたニックンは、叔母さんが住んでいたカリフォルニア州に戻ります。

そこで高校教育を完了させることになるんですが、最初に通ったのがエティワンダ高校(Etiwanda High School)でした。

この学校、実はカリフォルニア州ランチョクカモンガにあって、彼の出生地なんですよね。なんだか運命的なものを感じちゃいます。

ロス・オソス高校

その後転校したのが、ロス・オソス高校(Los Osos High School)。ここで高校を卒業したんです。

同じくランチョクカモンガにある学校なんですけど、けっこう優秀な教育機関として知られているみたいで。

カリフォルニア大学の入学要件を満たす卒業生の割合が、州平均より約20%も高いんですって。すごい学校。ニックンは今でも同校の著名な卒業生として、公式に紹介されているそうです。

高校時代も引き続きバドミントンに情熱を注いでいたらしいですよ。運動神経が良かったんでしょうね。

競技スポーツへの取り組みを通じて、後の2PMでのパフォーマンスに必要な身体能力やチームワークの基礎を築いていたのかもしれません。

高校卒業後からJYPスカウトまで

高校を卒業した後、ニックンはローズミード高校(Rosemead High School)でバドミントンチームのコーチを務めていたんです。

アスリートとして培った技術を後輩たちに教える日々。普通の生活を送っていたわけですが、そこで運命的な出会いが訪れます。

ロサンゼルスで開催されたコリア音楽祭で、JYPエンターテインメントのスカウトマネージャーの目に留まったんですよね。

これが人生の転機。当時高校の最上級生だったニックンは、歌やダンスの経験が全くなかったっていうから驚きです。

それでも、その外見的な魅力と雰囲気から練習生契約をオファーされちゃうんですから。才能って、こういうところに現れるものなのかもしれませんね。

オーディションに合格した彼は、当初10年契約を提示されたんですが、後に練習生期間を含まない8年契約に変更して署名。2006年に韓国へと渡ることになります。

パク・ジニョン(J.Y.Park)からは歌とダンスを学んで、韓国語と中国語を習得して、さらに体を鍛えることを求められたそうで。かなりハードな要求ですよね。

ちなみに、ニックンはJYPエンターテインメントで初めての非韓国系の練習生だったんです。24人のクラスメイトと共にトレーニングを受けることに。

彼の成功がその後多くのタイ人練習生が韓国の芸能事務所にスカウトされるきっかけになったっていうんだから、まさにパイオニア的存在。K-POP業界におけるタイ人メンバーの先駆者となったわけです。

多言語能力と学びの姿勢

様々な国での教育経験を経て、ニックンは本当に驚異的な語学力を身につけているんですよ。

タイ語、英語、韓国語、日本語、中国語を流暢に話せるんですって。それだけじゃなくて、フランス語も少し話せるらしいです。すごすぎませんか?

幼少期からの移動生活と各国での学校教育が、この多言語能力の基盤になっているのは間違いないでしょうね。

大学進学については詳しくは分からないんですが、公式な記録が見当たらないんですよね。

おそらく高校卒業後は練習生としての活動に専念したんじゃないかなと思います。

とはいっても、複数の国で教育を受けて、それぞれの言語と文化を吸収してきた彼の学びの経験って、形式的な学位以上に価値があるものだと私は感じています。

2008年に2PMとしてデビューして以来、ニックンは歌手、俳優、モデルとして国際的に活躍中。その多文化的なバックグラウンドを最大限に活かしたキャリアを築いているんですよね。

思うこととしてこういう国際的な経験って、今の時代すごく強みになるんだなって改めて感じました。

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