この記事を読めば緑黄色社会のギタリスト・小林壱誓(こばやしいっせい)さんの幼少期から大学時代まで、学歴にまつわる情報をぜんぶ知ることができます。
単に「どこの学校に通っていたか」だけでなくその時期にどんなことを感じて、どうやって音楽と出会い、バンドに向かっていったのかも一緒に追っていきますね。
幼少期の環境と原点
実家がダンス教室だった
まずここが小林さんの学歴というか人生全体を語る上で欠かせない部分です。実家がジャズダンスのスタジオで、お母さんがダンスの先生だったんです。
これってすごいことだなと思っていて、生まれたときから音楽と身体表現が日常に溶け込んでいた環境なわけです。普通の子どもはダンスを習いに行くじゃないですか。
でも小林さんにとってはダンスが「家の中にある普通のこと」だったんですよね。
だから4歳からジャズダンスとクラシックバレエを始めたというのも、本人が意欲的に選んだというより、環境がそうさせたという感じだと思います。
小学生時代は「嫌々やっていた」
本人がインタビューで語っていた話で印象的だったのが、小学生のときのダンスに対する本音です。
「小学生のときはもう嫌々やっているような感じで」
と話していて、まあそうだよねと思いました。
好きで始めたわけじゃなくて気づいたらそこにあったもの。でも続けていく中で「やってて良かった」と感じる日が来る。
そのプロセスが、後に音楽へ向かう姿勢とどこかリンクしている気がします。あくまで私の感想ですが。
小学校については名古屋市内で育っていることから愛知県の公立小学校に通っていたと思われますが、具体的な学校名は公表されていません。

中学校時代 音楽との本当の出会い
自分の意志で選んだ「バンド」という道
中学生になった小林さんに大きな変化が起きます。
「初めて自分の意志でやりたいと思ったのがバンドだった」
と語っていて、これはかなり大事な発言だなと感じました。
嫌々やっていたダンスとは対照的に音楽だけは誰かに言われたわけじゃなく、自分の心が動いたもの。その感覚ってすごく大事じゃないですか。
ギターを始めたきっかけが意外すぎた
ギターを手にした経緯がけっこう面白くてボウリング場のモニターでYUIさんの「again」のMVをたまたま見たことがきっかけだったそうです。
しかも音は聞こえていなかった、映像だけで惚れたと。
そのまま「同じ色のギターが欲しい」とお父さんにお願いして購入。
どんな色だったのか細かいところは明言されていませんが、なんかそのエピソード自体がすでにロマンチックですよね。音楽性よりビジュアルから入るっていう。
BUMP OF CHICKENとの衝撃的な出会い
ギターを始めた頃、もう一つ大事な出会いがあります。
友人に教えてもらったBUMP OF CHICKENの「K」を聴いて、その世界観に衝撃を受けたそうです。
さらに、BUMP OF CHICKENが結成されたとされる日付が1996年2月11日でこれがまさに小林さんが生まれた年・月・日と一致しているという話を本人が語っていました。
「奇跡的に一致している」という言い方をしていて、本当に縁を感じていたんだなというのが伝わってきます。ちょっとゾクってしました。
ちなみに中学校名は非公表ですが愛知県名古屋市内で育っていることから、公立の中学校に通っていたと考えるのが自然だと思います。

高校時代 緑黄色社会が産まれた場所
出身高校は「中京大学附属中京高等学校」
中京大学附属中京高等学校(愛知県名古屋市昭和区)は小林さんが通っていたことが公式に確認されている高校です。
長屋晴子さんとpeppeさんも同じ高校の同級生でした。
中京大中京ってどんな高校?
「名前は聞いたことあるけど、どんな学校かよく知らない」
という方もいると思うので少し説明しますね。
創立は1923年(大正12年)にさかのぼる歴史ある学校で偏差値は61〜66というかなりの進学校です。
普通科のみで、「特進コース(COURSE T)」「国際コース(COURSE K)」「進学コース(COURSE S)」の3つのコースがあります。
それだけじゃなく、陸上競技部や野球部など、スポーツでも全国大会常連校として知られていて、いわゆる文武両道の学校という印象です。
実際、小林さん自身がこの高校の体育の授業で「立ち幅跳び学年1位」を取っているのですが、
「野球部や陸上部の屈強な人間が揃っている中での1位」だと本人が語っていて、スポーツ強豪校の文脈でこの発言をするとその凄さがよくわかりますよね。
バンドを組んだのは実は「入学前」から
これ、知らなかった人も多いんじゃないかと思うんですが長屋晴子さんと小林さんは入学前からSNSでつながっていたんです。
お互いが「ボーカル志望」とプロフィールに書いていたことがきっかけで、入学する前からバンドをやろうという流れが生まれていました。
すごくないですか、これ
。SNSで入学前からつながって同じ高校で再会してバンドを組む。
今でこそSNSでの出会いは珍しくないけど、2011年ごろの話でしょうからけっこう先取りしていたというか。
軽音楽部(バンド研究会)に所属
高校では3人とも軽音楽部、正確には「バンド研究会」に所属しました。
この部活、調べてみると1年生と2年生合わせて約50名の部員がいて、入部時にメンバーで話し合ってバンドを組み、基本的にそのメンバーで3年間活動するという形式だったそうです。
文化祭や新入生歓迎ライブなどで発表の機会もあって、わりと本格的な環境ですよね。
そこに小林さんの幼馴染・穴見真吾さんが加わり、4人体制に。2012年7月4日に初ライブを行ったのが現在のバンド結成記念日として知られています。

「緑黄色社会」という名前の由来
余談になるんですが、バンド名の由来が個人的にすごく好きで。
長屋さんが飲んでいた野菜ジュースを小林さんが見て「緑黄色野菜」と言ったところ、他のメンバーが「緑黄色社会?」と聞き間違えた、という話が語られています。
聞き間違いからバンド名が生まれるってなんかリアルですよね。考えに考えてつけた名前じゃなくて、偶然が重なった名前。そういうの、好きです。
高校2年生で「閃光ライオット」準グランプリ
2013年、10代限定の音楽フェス「閃光ライオット」に出場し準グランプリを獲得しました。
高校1年か2年の時期の話になります。
スポーツ強豪校のバンド研究会に所属しながら、全国レベルの音楽フェスで結果を出すって、なかなかじゃないですか。
大学時代 バレエと音楽、二つのキャリア
大学は「中京大学」が有力、ただし未公表
小林さん本人は大学について明言していません。とはいえ、中京大学附属中京高等学校は中京大学への内部進学ルートがある附属校で長屋さんも中京大学への進学が伝えられているため、小林さんも同じく中京大学へ進んだ可能性が高いと見られています。
ただこれは確認された情報ではないので、あくまで推測として受け取っていただければと思います。
中京大学は名古屋市昭和区に本部を置く総合大学でスポーツ系学部が有名ですが、国際・心理・経営などの学部も擁しています。
小林さんがどの学部だったかも、今のところ不明です。
4歳から大学4年まで続けたバレエが本当にすごい
個人的にここが一番気になったんですよね。
2026年3月のイベントで小林さん本人が「ジャズダンスの基礎でクラシックバレエを、4歳から大学4年まで習っていた」と話していました。
計算すると約18年間。しかもその後半はバンド活動と並行している時期です。
大学生になっても週に一度でも稽古を続けていたとしたら、相当な意志がいりますよね。本人がイベントでこれを話したとき、会場がざわついたそうです。そりゃざわつく。
バレエ歴が音楽に与えた影響
🎸小林さんがMVの振り付けを担当したことがある、という話があります。
ダンスの素養があるからこそできる視点で音楽を見ている部分は、確実にあると思います。
ギタリストとしてのプレイスタイルにもリズムへの感覚の鋭さが感じられますし、肌感で言うとダンスで培ったビートへの感性が楽曲制作にも反映されているんじゃないかなと思っています。これは私の予想ですが。
まとめ
- 幼少期は実家がダンス教室、4歳からジャズダンスとクラシックバレエをスタート
- 小学生時代はダンスは嫌々だったが、音楽は身近にある環境
- 中学生時代はYUIのMVがきっかけでギターを購入、BUMP OF CHICKENに衝撃を受けてバンドへの思いが芽生える
- 高校は中京大学附属中京高等学校(偏差値61〜66の進学・スポーツ強豪校)のバンド研究会に所属、入学前からSNSでつながっていた長屋晴子・peppeと緑黄色社会を結成
- 大学は中京大学への進学が有力(未公式・推測)、4歳から続けたバレエを大学4年まで継続
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