川島孝シェフって一体どんな人?知られざる経歴と魅力を調べてみました

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この記事を読めばフランス料理店「ラ・ロシェル」の総料理長として活躍する川島孝さんの経歴や人柄、そしてなぜ彼の料理があんなに評判なのかがわかると思います。

「あさイチ」でよく見かけるあのシェフ、実際どんな人なんだろう…って気になった方、けっこう多いんじゃないでしょうか。

今回はいろんな媒体の情報をかき集めて、私なりに整理してみました。

目次

川島孝さんのプロフィールをまとめてみた

まずはざっくりとしたプロフィールを表にしてみます。細かい部分は後半でじっくり深掘りしていきますね。

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項目内容
名前川島孝(かわしまたかし)
生年月日1967年8月8日
年齢58歳
出身地群馬県桐生市
出身校群馬調理師専門学校
現在の肩書きラ・ロシェルグループ総料理長
経験年数38年以上(2018年時点)
フランス修業2005年〜2008年、L’Aubergade等

こう見ると、けっこう長い時間をかけて今の地位まで来たんだなというのが伝わってきますよね。

群馬出身というのが個人的に気になった

出身地が群馬県桐生市というのは上毛新聞のインタビュー記事で確認できました。

地方出身のシェフが東京の名店を率いるようになる話、正直なところ珍しくはないんですが、なんかこういう背景を知ると急に人間味が増しますよね。

桐生市でどんな食卓で育ったのか、そこまでは詳しい情報が見つからなかったので、ここはあくまで想像になりますが、群馬の郷土料理や地元食材への思い入れが今の「地元食材で気軽なフレンチを」という姿勢に繋がっているのかもしれません。

調理師学校卒業からいきなり老舗入社という流れ

1987年に群馬調理師専門学校を卒業して、まず株式会社プリオパレスに就職したそうです。

そこから2年後の1989年、坂井宏行氏が率いる「ラ・ロシェル」に渡り歩いています。

この2年間、プリオパレスで何をしていたのかは公式情報に詳しく書かれていなくて、正直よくわからない部分ではあります。

ただ、下積みとして厨房の基礎を叩き込まれた時期だったのかなと勝手に想像しています。

副料理長から総料理長になるまでの長い道のり

ここからは川島さんがどうやってキャリアの階段を登っていったのか、年表を見ながら追っていきます。

10年かけて副料理長に

1989年に入社してから、副料理長になったのは1999年、つまり10年もかかっています。

今の時代ってスピード出世みたいなものが持て囃されがちですが、こういう地道な10年間って逆に信頼できるなと感じました。

ラ・ロシェル南青山のオープンと同時に副料理長に就任したというのも象徴的で新店舗の立ち上げというタイミングでの昇格は、それまでの評価が積み重なった結果なんだろうなと思います。

40代手前での渡仏、その決断力

2005年、川島さんはフランスへ渡っています。

本人のインタビューで

「40代近くなっての渡仏は決して早いとはいえませんが、決断し行動するのに遅いということはありません」

と語っていて、これがけっこう刺さる言葉だなと個人的には思いました。

年齢を理由に挑戦をあきらめがちな私たちにとってなんというか、背中を押されるような一言ですよね。

フランスでは南西部の「L’Aubergade」を中心に3年間修業したとされています。

ちなみにL’Aubergadeは過去にミシュラン3つ星を獲得した経歴もある名店で、そこで得た経験が今の五感に響く料理表現の下地になっているんだろうなと感じます。

ただ、他に修業した店の詳細な役割分担までは公式に明言されていないのでここは推測混じりです。

帰国後はスピード感を持って昇格

2008年に帰国してからは渋谷本店の副料理長、2010年に山王店の料理長、そして2017年に南青山店の料理長を経てグループ総料理長に就任しています。

フランスから帰ってきた後の昇格スピード、渡仏前の10年間と比べるとけっこう早いんですよね。

これはフランスでの修業経験がしっかり評価に直結した証拠なんじゃないかなと思っています。

料理観、そして「好奇心」というキーワード

川島さんの料理を語るうえで欠かせないのが、本人が繰り返し口にする「好奇心」という言葉です。

坂井宏行氏から受け継いだもの

「ムッシュ(坂井氏)の下で20年以上学んだ月日とフランスでの修業を通して、何事にも好奇心を失わずに学ぶ姿勢の大切さを学びました」

と川島さんは語っています。

坂井氏だけでなく、工藤氏や石井氏といった先輩たちの影響も大きかったそうで一人の師匠というより複数の先輩から色々を吸収してきたというのが実際のところみたいです。

五感で味わう料理という発想

冬は野兎などのジビエ、春はアスパラガスやニンジンを使って季節を大胆に映し出すという表現、これはけっこう独特な発想だなと感じました。

目や舌だけじゃなく、五感全部で季節を味わってもらうというコンセプト。

正直、頭で理解するより実際にお店で食べてみないと本当のところは分からないんですが、こういう言葉から伝わる情熱は素直にすごいなと思います。

テレビや食育活動で見せるもう一つの顔

厨房の中だけじゃなく、メディアや教育現場でも川島さんは活動を広げています。

あさイチへの継続出演

「あさイチ」のみんなゴハンだよというコーナーに川島さんは何度も登場していて、2025年1月にはブイヤベース、同年9月には鶏肉のさっぱり煮を紹介しています。

そして2026年7月13日にも出演しています。

これだけ継続的に呼ばれているということは、家庭料理へのアレンジ力も局側から評価されているということなんでしょうね。

食育や技術講習会への参加

小学校の食育プロジェクトに参加して次世代に食べる楽しさを伝えているという情報もありました。

それだけじゃなく、月曜シェフ塾という技術講習会で講師を務めたり、フランス料理文化センターのオンラインセミナーでも料理を伝えていて、業界内での指導的な立場も担っているようです。

正直、こういう裏方的な活動って一般の人には見えづらいんですが、業界を支える人材育成という意味でけっこう重要な役割だと思います。

記事のポイントまとめ

  • 群馬県桐生市出身、群馬調理師専門学校卒業後1989年にラ・ロシェル入社
  • 副料理長までに10年、渡仏後の昇格はそれよりスピーディー
  • 2005年からの3年間フランス修業、40代手前での決断が印象的
  • 「好奇心を失わない姿勢」が料理観の核
  • あさイチへの継続出演や食育活動など多方面で活躍中
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