本並健治の通っていた高校、大学などの学歴まとめ

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この記事を読めば元サッカー日本代表GK・本並健治さんの小学校から大学までの学歴と、その背景にある意外なエピソードがすべてわかります。

調べていてけっこう驚いたんですが本並さんってサッカーを始めたのが中学3年生なんですよね。

今や「ガンバ大阪の黄金時代を支えた守護神」「Jリーグ草創期のスター」として知られている人が、まさかの遅咲きスタートだったなんて。

しかも小学校から中学校途中まではバリバリの野球少年。

そのあたりも含めて、学校ごとに詳しく掘り下げていきます。

目次

小学校時代 野球少年だった本並少年

出身校は大阪市立依羅小学校

本並健治さんは1964年6月23日、大阪府枚方市生まれです。

出身小学校は大阪市立依羅(よさみ)小学校で大阪市住吉区にある公立小学校です。

実は4番打者だった

「サッカー選手なのに野球?」って思いますよね。

実は本並さん、小学1年生から野球チーム「苅田タイガース」に所属していてポジションはセカンドとショート以外はほぼ全部こなしていたそうです。

しかも打順は4番。体も大きかったみたいで小学生時代からすでに目立つ存在だったんでしょうね。

お父さんが「自分は南海ホークスのプロ野球選手だった」と言っていたそうでそれが野球を始めたきっかけだったのかもしれません。

ただ、お母さんに聞いたら「そんなわけない」とあっさり否定されたそうで…(笑)。

真相はお父さんがすでに他界しているため今となっては確認できないんですがなんかこのエピソードがすごく人間味があって好きです。

中学校時代 野球からサッカーへの転換点

出身校は大阪市立我孫子中学校

中学は大阪市立我孫子中学校(大阪市住吉区)に進学しました。公立の中学校で小学校からほど近いエリアにあります。

中学3年でサッカー部に転向

中学に入ってからもリトルリーグに所属して野球を続けていたんですが

「野球の上下関係が厳しくて監督も厳しくて、正直飽きてしまった」

というのが転換点だったとか。

そこへ友人に誘われる形でサッカーをやってみたら、自由で楽しいというのが即座にツボにはまったみたいです。

そして中学3年生でサッカー部に入部

GKというポジションを自分で選んだのも面白くて、理由を聞かれると

「ゴールキーパーは変わってる奴が多い。1人だけ違うユニフォームを着るし、目立ちたがり屋なんでしょう」

とご本人が語っています。なんか、この一言で人柄が伝わってくる気がする。

中3なのに大阪府選抜入り

サッカー始めてまだ数ヶ月のはずなのに、中学3年生ですでに大阪府選抜に選出されています。

チーム自体は1・2回戦で負けるくらいのレベルだったそうで逆にそんなチームにいながら個人として選抜されたというのがすごい。

野球で鍛えた反射神経や運動能力がそのままGKに直結したのかなと思っていて、これはあくまで自分の考えですけど、体の使い方の土台ができていたんじゃないかなと。

高校時代 進学校×サッカー名門という珍しい環境

出身校は清風高等学校

高校は清風高等学校(大阪府大阪市天王寺区石ヶ辻町)に進学しました。

偏差値61〜71の私立男子校で、仏教(高野山真言宗系)を基盤とした教育を実践している伝統校です。

「清風カット」が有名な校則の厳しい学校

清風高校、調べてみると個性的な学校でしてね。

毎朝の朝礼で般若心経を読経したり、年に1度は高野山での修養行事があったりと、宗教色のある行事がけっこうユニークです。

頭髪は「清風カット」という学校指定の髪型が義務付けられていて、制服・靴・鞄まですべて指定。スマホも持ち込み禁止です。

偏差値は最高71で大阪府内11位・全国83位という位置づけの進学校です。

毎年、京都大学や大阪大学、医学部への進学実績も出ています。

サッカーだけじゃなく体操でもオリンピック選手を何人も輩出していて、池谷幸雄さんや具志堅幸司さんも清風高校OBなんですよね。

インターハイ・国体に出場

本並さんはスポーツ推薦クラスでの入学と考えられています。

高校時代はインターハイと国体に出場し、大阪選抜にも選出されました。

中学3年からサッカーを始めて高校入学後すぐに全国レベルの大会に出るって普通に考えてかなりの急成長ですよね。

ちなみに、本並さんが清風高校を選んだ背景については詳しい情報が見当たらないんですが、あくまで推測として、サッカーの実績を持つ選抜チームの指導者のつながりか、スポーツ特待生制度が関係していたのかなという気もしています。

確定的なことは言えないんですが。

大学時代 黄金期のサッカー名門でインカレ3連覇

出身校は大阪商業大学・商経学部経済学科

大学は大阪商業大学(大阪府東大阪市御厨栄町)の商経学部経済学科に進学しました。

現在の経済学部にあたるコースです。

入学した理由について本並さん自身が語っていて、「高校時代から大阪商大の練習に参加していて、チームの雰囲気を知っていたから」だそうです。

つまり完全にサッカー目的での選択。率直でわかりやすい。

1970〜80年代の圧倒的黄金期の中にいた

大阪商業大学のサッカー部は1970年代〜80年代が文字通りの黄金時代でした。

関西学生リーグでは1970年から1992年の23年間で18回優勝、全日本大学選手権4回優勝、総理大臣杯2回優勝という記録を持つ、学生サッカー界のトップ中のトップ。

本並さんが在学した時期(1982〜1985年ごろ)はちょうどそのピークに重なっています。

個人的にこれがけっこうちょっと気になっていて、「強いチームにいたから実績が出た」のか、「本並さんのような選手がいたから強かった」のか、どっちの側面も正直あると思っていて。

でも1年生からレギュラーという事実を見ると後者の要素もかなり大きかったんじゃないかなと感じます。

1年生からレギュラー、3冠の連覇に貢献

入学直後の1年生から正GKのレギュラーを獲得。

そこから全日本大学サッカー選手権(インカレ)3連覇、総理大臣杯全日本大学サッカートーナメント2連覇という実績に貢献しました。

さらにユニバーシアード代表にも選出され、日本代表候補にまでなっています。

大学の偏差値は43でいわゆる難関校ではありませんが、それはむしろ本並さんの「サッカーありき」の進路選択を正直に反映しているとも言えますよね。

スポーツで実績を積むために最適な環境を選んだということ。

それが後のプロ入り、日本代表への道につながっていくんですから間違った選択じゃなかったのは明らかです。

学歴まとめ

本並健治さんのサッカー人生は、「中学3年からスタートした遅咲き」という事実が土台にあります。

それでも高校でインターハイ・国体に出場し、大学でインカレ3連覇に貢献、プロ入り後は1994年に日本代表にまで辿り着きました。

  • 小学校は大阪市立依羅小学校で野球チームで4番打者として活躍
  • 中学校は大阪市立我孫子中学校で中3でサッカー部入部、同年に大阪府選抜入り
  • 高校は清風高等学校(大阪市天王寺区・偏差値61〜71・私立男子校)|インターハイ・国体出場、大阪選抜選出
  • 大学は大阪商業大学・商経学部経済学科(偏差値43)で1年生からレギュラー、インカレ3連覇・総理大臣杯2連覇に貢献
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