円井わんの通っていた高校、大学などの学歴まとめ

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この記事を読めば女優・円井わんさんの小学校から大学進学の有無まで学歴に関する情報がすべてわかります。

「どこの高校出身なんだろう?」
「大学には行ってるの?」

という疑問を持つ人は多いと思うんですが、公式プロフィールにはほとんど学歴情報が載っていないんですよね。

なので今回は公式インタビューやメディア情報を丁寧に突き合わせながら判明していること、推定されること、不明なことをそれぞれはっきり分けて書いていきます。

目次

小学校と中学校時代

大阪育ちの幼少期、その原点

小学校と中学校ともに校名は公表されていません

大阪府出身という情報は複数のメディアで一致しているので地元大阪府内の公立校に通っていたと推定されています。

ただ、あくまで推定の域を出ないのでその点はご了承ください。

女優になりたい気持ちは5歳から持っていたというのが、個人的にかなり印象深かったです。

映画やテレビをとりわけ熱心に見る家庭ではなかったにもかかわらず、幼少期から「役者になりたい」という気持ちを持ち続けていたというのはなんというか、すごく純粋な原体験があったんじゃないかなと思います。

小学生のころから、日常で感じたことをひたすらノートに書き溜める習慣があって友人には「呪いのノート」と呼ばれていたとか。

詩や作詞への関心は演技よりも先にこっちで育まれたのかもしれないですね。

両親は共働きで鍵っ子として育ったそうで2連休があると家族でキャンプや釣りに行く家庭だったみたいです。

わりと自立した子ども時代だったのかなと想像しています。

中学時代にいじめを経験

これがかなりリアルなエピソードなんですが、中学時代にいじめを経験していることを自ら語っています。

クラスで流行していることに関心が持てず、「私、そんなに好きじゃない」と率直に言いすぎてしまうタイプで、それが孤立につながっていったそう。

それに対して彼女が編み出した対処法が「オタクになること」だったというのが、なんか面白い、というか独特の知恵だなと感じます。

オタクっぽく振る舞うことで面倒な人間関係から距離を置けると気づき、そうやって自分を守っていたと。

インタビューでも「小中学生の頃はループ感じていました。本当に抜け出したかったです」という言葉を残しています。

正直、この時期の息苦しさが後の表現活動への強いモチベーションになっているんだろうなとは思っていて。

ただ、それって後からわかることで当時の本人はただしんどかっただけだと思うんですよね。そういう意味では、小中時代は決して華やかじゃなかった。

高校の学歴

香ヶ丘リベルテ高等学校「表現教育科」

高校は大阪府堺市にある私立・香ヶ丘リベルテ高等学校の表現教育科に在籍していたと推定されています。

推定と書いたのは本人がブログで「表現教育科という専門的な学科のある私立高校に通っていた」と明かしたものの、具体的な高校名は公式には発表していないからです。

ただ、大阪府内で「表現教育科」という学科名を持つ私立高校は香ヶ丘リベルテ高等学校だけだったことから、ほぼ同校で間違いないだろうと見られています。

自分の見立てでも、これはかなり信憑性が高いと思います。

ちなみにこの表現教育科は2018年に「堺リベラル高等学校」として独立分離されているので、現在は名前が変わっています。

円井さんが在学したのはその前の時期になりますね。

2018年3月18日にTwitter(X)で通っていた高校が女子高だったことを投稿していたことが確認できます。

香ヶ丘リベルテ高等学校ってどんな学校?

1922年(大正11年)創設という、実は老舗の女子高です。大阪府堺市堺区浅香山町に位置していて、偏差値は51程度。

表現教育科のカリキュラムが意外と本格的でボーカルや楽器演奏、ダンス、演技、声優だけじゃなく、スピーチやディベート、プレゼンテーションまで学べる構成になっています。

ダンスの授業ではHipHopやJazzなど複数スタイルを学んだうえで自分たちで振り付けを作ったり、見せ方を考えたりという実践的な内容もあって、「芸術的資質と実践力を重視する独自カリキュラム」という説明がされています。

なんかこれ、ふつうの高校の演劇部レベルじゃないですよね。

芸術系や音楽系の大学進学を目指すコース、英語教育に力を入れた国公立大学向けのコースなど複数のコースが用意されていて、ここから実際にプロとして活躍している人が出ているというのも納得できます。

南野陽子さんや玉置成実さん、山田菜々さんなど、芸能界で活躍する卒業生を多数輩出しています。

そう考えると、円井さんの出身高校としての説もますます腑に落ちる気がするんですよね。

高校で「演技」より「ドラム」にはまった話

これが個人的にかなり気になっているエピソードなんですが、円井さんは高校1年生のころからドラムを始めて、音楽にのめり込んでいきます

弦楽器は苦手だったそうですが、ドラムに関しては相当な本気度で、後の映画『バジーノイズ』(2024年)でプロのドラマーを演じた際にも撮影に向けて猛練習したというエピソードが残っています。

そして同時期に、UVERworldに出会って完全にのめり込んでいます。

近畿圏のライブ会場と武道館を年間で制覇するほどのファンになって、歌詞の言葉の力に心を揺さぶられ、自分でも作詞をするようになっていきました。

小学生から続けてきた「言葉をノートに書く」習慣と音楽が結びついたのがこの時期なのかもしれません。

でも一方で、「演技の授業が恥ずかしくて真面目に取り組めなかった」と振り返っています。

自分でも「雑魚だった」と表現しているくらい、肝心の演技には向き合い切れなかったとのことで。

……これ、ちょっと笑えますよね😅

女優を夢見ながら、演技の授業をサボり気味だった高校生。でも、だからこそリアルだなとも思って。そういう人間的なゆらぎがあってこそ今の彼女の演技があるんじゃないかという気もします。

大学進学の有無

高校卒業後、すぐに上京

大学には進学していません。高校卒業と同時に単身上京、18歳でした。

デイリースポーツのインタビューでは、上京後の状況をかなり率直に語っています。

バイトを3、4個掛け持ちしながら、一般向けのオーディションサイトに応募していたんですけど、99%が詐欺。ヤクザ事務所みたいなところで『うちに所属しませんか?』って言われたり、全然いいのにはまらない!って思ってました

という言葉が残っていて、これはなかなかリアルな上京後の話だなと思いました。

「映画好きが集まるバー」での偶然の出会い

転機になったのは求人サイトで見つけた「映画好きが集まるバー」というバイトです。

これは…と思って応募したら受かって、その店で働き始めた。

そのバーのチーママが女優をしていて、その方が映画『獣道』に出演するということで内田英治監督の別の作品を一緒に観に行くことになり、内田監督本人に会うことができたそうです。

そこで「役者をやりたい」と伝えたら、その1ヶ月後には撮影現場に立っていた

……こんな展開、ありますか?という感じですよね。

養成所でもなく事務所のオーディションでもなく、バイト先での人との縁でデビューが決まるというのは、かなり珍しいケースだと思います。

とはいえ、映画好きが集まる場所をわざわざ選んでバイト先にした、というあたりに円井さんの戦略的な嗅覚みたいなものを感じます。

ただの偶然じゃなくて、引き寄せた偶然というか。

大学に行かなかった理由についての考察

公式にこの理由を語っているインタビューは今のところ見つかっていません。

ただ、自分の見立てで少し考えてみると。

5歳から抱いていた「役者になりたい」という気持ち、中学時代に同調圧力から距離を置くことを選んできた経緯、表現教育科という専門的な環境での高校生活。

これらを踏まえると大学に行くことが「回り道」に感じられた可能性は十分あります。

もちろん憶測ですが演技の道を進む上で必ずしも大学進学が必要だとは考えなかったのか、あるいは早く現場で経験を積みたかったのか、どちらかだったんじゃないかなと思っています。

実際、上京後はすぐにバイトを複数掛け持ちしながらオーディションに挑み続けていたわけでとにかく動くことを選ぶタイプだったのは確かでしょう。

まとめ 学歴から見えてくる円井わんの素顔

  • 小学校・中学校は大阪府内の公立校と推定。校名は非公開
  • 高校は大阪府堺市・香ヶ丘リベルテ高等学校「表現教育科」に在籍と推定(現・堺リベラル高等学校として独立分離)。偏差値51程度
  • 大学は進学せず。高校卒業後すぐに18歳で単身上京
  • 小学生から「言葉をノートに書く」習慣があり、作詞への関心は幼少期から育まれていた
  • 中学時代はいじめを経験。「オタクになること」で自分を守った
  • 高校時代にドラムとUVERworldに出会い、表現への情熱を音楽から育てていった
  • 演技の授業には恥ずかしくて向き合えなかったというギャップが印象的
  • 上京後はバイトを3〜4個掛け持ちしながら女優の道を模索、バイト先での偶然の縁で映画デビューを掴んだ
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