この記事を読めばM!LKリーダー・吉田仁人(よしだじんと)さんの小学校から卒業後に至るまでの学歴と、学生時代の知られざるエピソードが全部わかります。
ファンの方なら一度は「どこの学校に通ってたんだろう?」と気になったことがあると思うんですよね。
公式インタビューやメディアの情報をもとにしっかり調べてみたのでぜひ最後まで読んでみてください。
学歴一覧(確認・推定含む)
調べてみた結果をまずテーブルでまとめてみます。
| 学校 | 校名 | 所在地 | 確実度 |
|---|---|---|---|
| 小学校 | 霧島市立日当山小学校 | 鹿児島県霧島市隼人町 | ほぼ確実 |
| 中学校(前半) | 霧島市立日当山中学校 | 鹿児島県霧島市隼人町 | ほぼ確実 |
| 中学校(後半) | 東京の公立中学校(校名非公表) | 東京都 | 公表なし |
| 高校 | クラーク記念国際高等学校(通信制) | 広域展開・全国 | 推定 |
| 大学 | 進学せず | — | 確認済み |
小学校時代 鹿児島の温泉地で育ったダンス少年
霧島市立日当山小学校という環境
吉田仁人さんは鹿児島県霧島市にある霧島市立日当山小学校に通っていたとされています。
「日当山(ひなたやま)」って、読める方が少ないんじゃないかと思うんですが、霧島市隼人町の日当山地区にある学校で、鹿児島空港からも近いエリアに位置しています。
すぐ裏に天降川が流れていて、晴れた日には霧島の山々が眺められる、のどかな自然豊かな場所。
なんか、そういう場所で育ったからこそ、あの落ち着いた雰囲気があるのかなって勝手に思ったりしています。
この小学校は昭和43年に3校が統合して誕生し、令和6年度で57周年を迎える歴史ある公立校です。
児童数は700名近くいる地域の規模としてはわりと大きな学校ですね。
3〜4歳からダンスをはじめていた
ここがかなり気になったポイントで、吉田さんのダンスへの出会いは3歳か4歳の頃。
テレビを見て踊っている姿を見た母親が、地元のダンススクールへ連れていったのがきっかけだったそうです。
ヒップホップからジャズ、ブレイクダンスまで幅広いジャンルを経験していて、「チームを組んだり、ソロでコンテストに出たり目標があったので飽きることはなかった」とTOWN WORKマガジンのインタビューで話しています。
大会で踊って会場が盛り上がった時に届いたと感じたのが表現者を目指すきっかけになったんです。なんかもう、それって原体験としてめちゃくちゃ強いですよね。

図書室の本も全ジャンル読んでた
これはあまり語られないエピソードなんですが、小学校の頃から図書室で本を読むのが好きだったそうで、物語から歴史漫画、ギネス記録の本やレシピ本まで「なんでも読んでいた」と2025年の文化放送のインタビューで明かしています。
好きなシリーズは『マジック・ツリーハウス』や『ハリー・ポッター』だったとのこと。
ダンスも本も全力で吸収していた小学生。今の知的な雰囲気はこの頃から育まれていたんでしょうね。

中学校時代 鹿児島から東京を1人で往復した1年半
霧島市立日当山中学校に進学
中学は小学校と同じ霧島市隼人町にある霧島市立日当山中学校に進学しています。
この学校、実は学校公式サイトに詳しく書いてあるんですが、校区内には日当山温泉・妙見温泉・安楽温泉という温泉地が点在していて、すぐそばに清流・天降川が流れているような環境。
元気で明るく素直な生徒が多く、文武両道を目指す校風とのことです。
吉田さんもその雰囲気の中で育ったんだなと思うとちょっと微笑ましい気持ちになります。
中学時代は吹奏楽部にも所属していたとされています。
ダンスだけでなく音楽にも真剣に向き合っていたんですね
それに、合気道を習って1級を取得するほど打ち込んでいたことも公式ブログで確認できています。ダンス・合気道・吹奏楽ってかなりアクティブな中学生時代ですよね。
中学1年生は優等生だった
これ、意外と知られていないと思うんですが。
文化放送のインタビューでご本人が明かしていて、中学1年生まではかなり勉強に力を入れていたそうです。
「100点を取らなきゃと思って、朝5時に起きて朝勉をしたり」と語っていて、その時にラジオを聴きながら勉強するのが好きだったとも話していました。
後にラジオのパーソナリティになるって、なんか運命みたいな話だなと感じます。
EBiDANオーディションで合格、週末は1人で飛行機通い
中学に入って将来を考えた時に、「ダンスを続けながらもっと色々な表現がしたい」と思ってスターダストプロモーションのオーディションを受けます。
最初に受けたオーディションでは声がかからなかったものの、EBiDANとしてのオーディションに呼ばれ、事務所への所属が決まります。
中学2年生頃からグループのレッスンや活動が増え始め、それと同時に始まったのが週末の鹿児島↔東京の1人での往復です。
2026年4月にフジテレビ系「ぽかぽか」に出演した際、こう話しています。
「中学2年生ぐらいからグループの活動やレッスンなどが多くなってきたので、中学3年生の半分ぐらい……1年半ぐらいですかね、毎週末東京に1人で通うっていうのをやってて」
しかも内容が具体的で、「東京駅まで行って、シャトルバスで空港近くのホテルに泊まって、7時の飛行機で鹿児島に戻って、月曜に遅刻しながら学校へ」というスケジュールをこなしていたと。
共演者から驚きの声があがったのも当然で、私が聞いても「え、それ大人でも大変じゃない?」って思いました。
この往復距離を後日計算したところ地球3周半分に相当する距離だったとも明かされています。中学生がですよ。
M!LK・吉田仁人
— オリコンニュース (@oricon) April 23, 2026
中学時代は飛行機で鹿児島と東京を往復✈https://t.co/GjB7BwylK5
メンバーの曽野舜太と共にスタジオ出演した吉田は、グループの下積み時代を告白。中学時代は一時期、毎週鹿児島から1人で飛行機で通っていたといい、月曜朝の飛行機で鹿児島に戻り、学校に行っていたと明かした。 pic.twitter.com/FZijF1umFJ
東京での環境で反骨精神が芽生えた
東京に来てみるとスカウトで入ってきたようなメンバーも多くいて、「彼らには負けられない」という気持ちが剥き出しになっていたと振り返っています。
「今思うと反骨精神もありましたが、それ以上に慣れない環境の中でここで気を緩めちゃダメだという気持ちから虚勢を張っていた」
仲間を作ることより自分を強くしようとして、当時は敵を作りすぎていたかも…とも話していて、なんかこのエピソードにすごく人間味を感じます。
完璧に見えるリーダーにもそういう不器用な時代があったんだなって。

合気道一級合格!を報告
2014年05月23日にブログにて「合気道 『一級』 合格しましたー!」と報告していました。
他にもカニと遊んだことや、学校の職場体験学習で三日間焼肉屋さんでお仕事を体験したことも報告しています。

中学3年で上京、転校、そしてM!LKが結成
中学3年生の1学期に家族で上京し、東京の公立中学校へ転校しています。
転校先の学校名は公表されておらず、本人も「半年しか通えなかったけれどみんなが仲良くしてくれた」と話していたと伝えられています。
そして2014年11月24日にM!LKが結成。佐野勇斗さんらとともにメンバーとしてお披露目されました。
中学時代の修学旅行のエピソードも残っていて、5人部屋に定員オーバーで友達をかくまったところ学年中が大騒ぎになり、体育の先生に見つかって怒られた、というほのぼのした話も伝えられています。
そういうザ・中学生なエピソードが「1人で飛行機に乗っていた少年」と同一人物だと思うとなんか笑えますよね。
高校時代 クラーク記念国際高校で芸能活動と学業を両立
クラーク記念国際高校(通信制)とはどんな学校か
吉田仁人さんの出身高校はクラーク記念国際高校の通信制課程と推定されています。
クラーク記念国際高等学校は北海道深川市に本部を置く広域通信制高校で、全国に50以上のキャンパスを展開しています。
「Boys,be Ambitious!」という言葉で有名なウィリアム・スミス・クラーク博士の教育精神を受け継ぐ学校で、週1〜5日まで登校日数を自分で選べる単位制の仕組みが特徴。
東京キャンパスには「パフォーマンスコース」という専門コースが設置されていて「ダンス、演劇、歌唱、殺陣、RAP、インプロ(即興劇)」の6分野を軸に、プロによるレッスンを受けながら表現力を磨けるカリキュラムになっています。
吉田さんがこのコースを選んでいた可能性もかなり高いんじゃないかと思っています(あくまで私の見立てですが)。
クラーク高校と特定できる根拠
これが正式に発表されているわけではなく、あくまで状況証拠による推定なんですが、吉田さんが高校卒業時に公式ブログへアップした制服姿の画像と卒業証書の写真が決め手とされています。

制服のデザインがクラーク記念国際高校のものと酷似していて、卒業証書に「Boys,be Ambitious!」の一文が確認できるというのが根拠です。
本人からの公式なアナウンスはないので、そこは念のため書き添えておきます。
ちなみに同校の卒業生として知られているのは永野芽郁さん、指原莉乃さん、市原隼人さんなど。芸能活動と学業を両立しやすい環境が、多くの芸能人を引きつけているんですよね。
青春=ステージだった高校生活
高校生の頃はまさにM!LKとしての活動が本格化していた時期と重なります。
2015年3月に1stシングル「コーヒーが飲めません」でCDデビューを果たし、高校在学中に芸能人としてデビューするという経験をしています。
高校時代についてのインタビュー発言も残っていてかなり刺さる言葉があります。
「高校生なんて、普通なら花火大会に女の子と一緒に行こうとか言って一喜一憂する青春を送る頃なのに、僕たちは何千人というお客さんの前でステージをさせていただく青春だった」
この言葉、個人的にはすごく好きです。
「青春」の形が人によって全然違うということをさらっと話してくれている気がして。

大学への進学はせずに芸能活動一本に
進学しなかった選択
高校卒業後、吉田仁人さんは大学には進学せずに芸能活動に専念しています。
2017年01月02日のブログにて「高校3年生になります。もう大学受験を考えないといけない年になったのか…」と投稿していました。
なので一応大学に行こうか迷っていたのかな?という様子は確認することができました。

高校卒業のタイミングで活動が急拡大していた
大学に行かなかった理由は本人が明言していないんですが、背景を考えると自然な選択だったのかもしれません。
高校卒業の頃にはM!LKの活動がかなり本格化していたはず。俳優業でも存在感を発揮していて、主演短編映画「Cycle-Cycle」はドイツ・フランクフルトの映画祭で最優秀賞を受賞しています。
受験生応援キャンペーンのキャラクターを務めたことがあるほど、勉強に向き合う姿勢を大切にしていた人が大学に行かなかった、というのはちょっと考えさせられるところもあります。
ただ「自分がやりたいことに全力を注ぐ」という選択を中学生の頃から一貫してとり続けてきた吉田さんらしい決断だとも感じます。
2023年からは文化放送「レコメン!」木曜パーソナリティも務めていて、中学時代に「ラジオを聴きながら朝勉していた」という伏線がここで回収された感じがするのは私だけでしょうか。
まとめ
- 小学校は鹿児島県霧島市の霧島市立日当山小学校。温泉地に近い自然豊かな場所で、3〜4歳からダンスを始め、図書室で本を読み漁る子どもだった
- 中学前半は霧島市立日当山中学校に通い、吹奏楽部と合気道も掛け持ち。中学1年まではなんと朝5時起きで勉強していた
- 中学2年頃から約1年半、毎週末1人で鹿児島→東京を飛行機で往復していたことがオリコンニュース等で報じられている
- 中学3年で上京・転校し、2014年11月にM!LKが結成
- 高校はクラーク記念国際高等学校(通信制)と推定。公式発表はなく、制服・卒業証書の画像をもとにした推定
- 大学には進学せず、高校卒業後は芸能活動に専念する道を選択
コメント