この記事を読めば世界のヨコサワさんの学歴の全体像と、公式にはわかっていない部分について私なりに考察した内容がわかります。
「大学中退したポーカープレイヤーって聞くけど、実際どんな学生時代を過ごしてたんだろう」
「高校とか小学校ってどこなんだろう」
って、気になったことないですか。
正直、私も最初はサラッと調べるつもりだったんですけど、掘れば掘るほど「あれ、これ思ったより奥が深いぞ」ってなってしまいました。
今回はそのあたり、実際に調べて感じたことも含めて、じっくり書いていこうと思います。
小学校時代はパソコン少年だったみたいです
ここではヨコサワさんの小学校時代について本人のインタビュー証言をもとに深堀りしていきます。
ホームページ制作にハマっていた小学生
東京ウォーカーのインタビューによると、ヨコサワさんは小学校入学のころからパソコンに触れていて、6年生になるころには自分のホームページを作っていたそうです。
今の子どもたちからしたら「え、それの何がすごいの?」って感じかもしれないんですけど、当時の感覚からすると結構早熟な部類だったんじゃないかなと個人的には思います。
ただ本人は「ホームページ作成が流行り始めていた時代だったので特別なことではなかった」と謙遜気味に語っていて、このあたりの飾らなさが地味に印象的でした。

出身小学校の校名は公表されていません
正直に言うと、ここが一番の悩みどころでした
小学校の校名については公式なインタビューでも報道でも一切触れられていないんですよね。
ただ、出身地が横浜市であることと、後述する高校が横浜市港南区の日野中央エリアにある点から考えると、あくまで憶測ですけど港南区かその隣接エリアの公立小学校に通っていた可能性はそこそこ高いんじゃないかなと思います。
もちろんこれは完全に私の推測なので鵜呑みにしないでくださいね。
中学校時代はオンラインゲームに没頭していた
小学校高学年からの流れで中学校時代はまた違った熱中の仕方をしていたみたいです。ここも本人の言葉を頼りに見ていきましょう。
深夜3時4時まで続けたオンラインゲーム
インタビューでは
「小学校高学年から中学生にかけて、オンラインゲームにのめり込んでいた」
と語られています。
しかも深夜3時、4時までプレイして、朝起きられずに遅刻するのが日常化していたそうなんです。
この話を読んだとき、「あ、これって後のポーカーへの熱中の仕方と根っこが同じかも」って、ちょっとゾクッとしました。
何かに極端にのめり込む性質って意外と幼少期から一貫しているものなんですよね。
細かく検証したわけじゃないんですけどこの時期の過ごし方が後年の生き方の原型になっている気がしてなりません。
中学校の校名についても情報がない
中学校についても残念ながら公式な情報は見当たりませんでした。
小学校と同じ学区に通っていたと考えるのが自然だと思うので、港南区周辺の公立中学校に進学していた可能性が高いのかなという印象です。
ただこれも憶測の域を出ないのであくまで参考程度に受け取ってもらえればと思います。
高校時代は応援団長を務めるほど活動的だった
高校時代になるとゲーム熱は落ち着いてきて、また違った方向にエネルギーを注ぐようになっていったようです。
軽音部でバンド、そして応援団長へ
高校生になってもゲーム由来の遅刻癖は抜けなかったものの、ゲーム自体からは自然と距離を置くようになり、軽音部でバンドを組んだり応援団の活動に打ち込むようになったと語られています。
特に高校3年生では応援団長を任されるほどで、夏まで多忙な日々を送っていたみたいです。正直、遅刻癖があった子が応援団長を務めるってちょっと意外じゃないですか。
でも考えてみると、団体を引っ張る熱量とマイペースさって案外両立するものなのかもしれないですね。
出身高校は横浜南陵高校という情報があるものの未確定
一部の情報では出身高校として「神奈川県立横浜南陵高等学校」という名前が挙がっています。
ただこれは公式のインタビューやプロフィールで裏付けられた情報ではないので、あくまで噂レベルの情報として受け取ってほしいところです。
とはいえ、せっかくなのでこの学校がどんな高校なのか少し調べてみました。
横浜南陵高校は神奈川県横浜市港南区日野中央にある公立の共学校で偏差値は48前後、県内で言うと真ん中よりやや下くらいのポジションの学校です。
偏差値だけを見るといわゆる進学校というよりは地域に根ざした標準的な公立高校という印象ですね。
もしこの情報が本当だとすると応援団活動に熱を入れられるくらい校風がゆるやかで、生徒の自主性を尊重するタイプの学校だったのかもしれないなと、勝手に想像を膨らませてしまいました。
ただ繰り返しになりますけど、これはあくまで未確認情報をベースにした考察なのでその点はご理解いただきたいです。
立教大学への進学、そして中退までの経緯
高校卒業後、ヨコサワさんは東京の立教大学に進学します。
ここからの展開が正直この学歴シリーズの中で一番ドラマチックな部分だと思います。
受験勉強は高3の9月からわずか数カ月
驚いたのが受験勉強を始めたのが高3の9月からだったという点です。
しかも対策らしい対策をせず、8校ほど受けて立教大学に合格したというんですから、なかなかの強心臓だなと思いました。
「大学受験の合否は確率の問題」と捉えて、確率を上げるために多く受験するという発想はもうこの時点でギャンブラー的な思考回路が芽生えていたようにも感じます。
個人的にはこの受験スタイル自体がヨコサワさんという人を象徴しているエピソードだなと思っていて、地味に一番好きな話だったりします。
経済学部でどんな学問を学ぶのか
進学先は立教大学経済学部でした。
ちなみに立教大学経済学部の偏差値は57.5から60.0程度で、共通テストの得点率は78%から84%あたりとされています。
決して簡単な学部ではなく、それなりにしっかり勉強しないと合格できないレベルの学部です。
数カ月の受験勉強でここに合格したというのは地頭の良さがうかがえるエピソードだなと素直に感じました。
経済学部では経済学科、会計ファイナンス学科、経済政策学科といった学科に分かれていて、社会の仕組みやお金の流れを学問として学ぶ学部です。
振り返ってみると確率や期待値を扱うポーカーの世界に進んだこととどこか通じるものがある気もしていて、この学部選択自体、後の人生を予感させていたのかもと思わずにいられません。
大学生活への違和感と中退の決断
2011年春に立教大学生となったヨコサワさんですが同級生がサークルや飲み会で青春を謳歌する様子を見て
「高校生のときにしてたから、あんま変わんねえじゃん」
と感じたそうです。
期待していた学問への好奇心も満たされず、大学生活そのものに失望していったと語られています。
実際には大学在学中からパチンコに通い詰めていて、月に160時間、20日間もパチンコ店に通う生活を送っていたことも明かされています。
この生活リズムを聞いたとき、正直「よくそれで大学生活続けてたな」って思ってしまいました。
必修授業への出席を早々に諦め、「自分は普通の仕事には就けない」と悟ったことが18歳での起業、そして最終的な中退へとつながる伏線になっていたようです。
学業や就職して生きていくことに限界を感じたことが、中退の直接的な理由として語られています。
学歴の先にあったポーカーとの出会い
大学中退がゴールではなく、そこから新しい道へつながっていったのがヨコサワさんのすごいところだと思います。
起業と挫折、そしてポーカーとの運命的な出会い
大学に通いながら18歳で会社を設立し、比較サイト事業で19歳のころには月商2000万円まで急成長させたそうです。
ですが信頼していた税理士や紹介された代表者に裏切られる形で、4000万円の借金を抱えて倒産してしまったというのですから、これはもう波乱としか言いようがないですよね。
会社倒産の3、4カ月前、従業員に誘われてポーカーを始めたことがきっかけで「このゲームをやらなきゃいけないかも」と直感したそうです。
21歳の誕生日の3日後には韓国で開催されたワールドポーカーツアーで日本人初優勝を果たし、賞金約1360万円を獲得しています。
この優勝の裏側にはカナダのクイーンズ大学で数学を専攻していたという異色の経歴を持つプロプレイヤー、余語葦織さんから大会期間中に直接指導を受けていたというエピソードもあって、個人的にはこの部分がすごく気になりました。
学歴という枠を超えて人との出会いが人生を大きく変えたんだなと感じさせるエピソードです。
学歴を振り返って感じたこと
- 小学校中学校の校名は非公開で、ソコンやオンラインゲームへの熱中ぶりが印象的でした
- 高校は軽音部と応援団で活躍、校名は横浜南陵高校という未確定情報があります
- 大学は立教大学経済学部に進学、偏差値57.5から60.0程度の学部です
- 大学生活への失望と多額の借金経験を経て、ポーカーの世界にたどり着いています
- 学歴だけでは測れない波乱の人生経験がプロポーカープレイヤーとしての礎になっているようです
改めて振り返ってみると学歴という一本の線だけでは語りきれない、けっこう起伏の激しい人生だったんだなと感じました。
コメント