岸本セシルの通っていた高校、大学などの学歴まとめ

  • URLをコピーしました!

この記事を読めば岸本セシルさんがどの学校に通い、学生時代をどう過ごしていたのかが一通りわかります。

芸能界入りのきっかけになったエピソードも含め、小学校から高校卒業後の進路まで詳しくまとめました。

目次

小学校時代

出身は沖縄市立諸見小学校

岸本セシルさんが通っていた小学校は地元・沖縄市内の公立校「沖縄市立諸見小学校」です。

所在地は沖縄市胡屋2丁目で、バス停「中の町」から徒歩2分ほどの場所にあります。

この学校、調べてみたらけっこう歴史がある学校でした。

終戦の翌年に開校したという記録が残っていて、当時は戦争による荒廃のなかに畑が広がるような場所だったそうです。

今は近隣に「沖縄こどもの国(沖縄県唯一の動物園)」があり、商業施設も多い、にぎやかな場所に位置する学校になっています。

学校の教育目標は「気づき・考え・行動する」というシンプルだけど力強いもの。

組踊(くみおどり)や沖縄芝居のワークショップを授業に取り入れるなど沖縄の伝統文化を大切にしている学校みたいです。

人見知りだったという意外な一面

当時の岸本さんはかなり人見知りな性格だったとインタビューでご本人が語っています。

あのルックスで人見知り、というのが正直ちょっと意外でした。

それでも積極性もあったようで小学生時代に同じ男の子へ3回告白して3回ともフられたというエピソードを自ら語っています。

…なんか、すごくリアルというか。

人見知りなのにアタックはするんだと思ってちょっと笑ってしまいました。でも、そのくらい自分の気持ちに正直な子どもだったんでしょうね。

中学校時代

出身は沖縄市立コザ中学校

中学は地元の公立校「沖縄市立コザ中学校」に進学しました。

所在地は沖縄市胡屋、つまり小学校と同じエリアです。

小学校から中学校へも、ほぼ地元のまま進んだんですね。

「コザ」という名前、少し独特に感じますよね。

これは沖縄市が「コザ市」だった頃の名残で現在の住所には「コザ」という地名は存在しません。地名として消えても、学校名にその記憶が残っているのがなんかいいなと思います。

https://ameblo.jp/cecil-kishimoto/entry-10901532254.html

全国優勝経験もあるバスケの強豪校

コザ中学校はバスケットボールの強豪として知られている学校です。

1998年の全国中学校バスケットボール大会・男子の部で全国優勝を果たし、2017年にも3位という成績を残しています。

多くのバスケットボール選手を輩出していて地域でも部活が盛んな学校として認知されているみたいですよ。

ちなみにDA PUMPのISSAさんもこのコザ中学校の出身です。後述しますが、高校も同じ。

岸本セシルさんとISSAさんは中学と高校を通じて「同じ学校の先輩後輩」という関係なんですよね。

在学期間は重ならないとは思いますが、それでもなんか縁を感じます。

バドミントンと新体操の二刀流

岸本さんは中学時代バドミントン部と新体操部を掛け持ちしていたそうです。

二つ同時って、体力的にも時間的にもなかなかハードですよね。

バスケが強い学校でバスケを選ばず、バドミントンと新体操という組み合わせで活動していたのも個人的にちょっと気になります。

競技としての特性を考えると新体操で磨かれた柔軟性やボディラインの美しさが、のちのモデル活動に活きている可能性もあるんじゃないかなとも思います。

あくまで私の考えですが。

高校時代

出身は沖縄県立美里高等学校

高校は地元の「沖縄県立美里高等学校」に進学しました。

所在地は沖縄市松本2-5-1で普通科の公立高校です。

偏差値は38(2026年度版)とされていて沖縄県内の偏差値ランキングでは106位/177校中。

数字だけ見るとちょっと低く見えるかもしれないですが、実は部活動がとても盛んな学校として地域では知られていて、女子サッカー部は全国大会の常連として有名なんです。

運動が得意な生徒が多く集まる、そういうカラーの高校なのかもしれません。

出身の有名人としてはDA PUMPのISSAさん、元プロ野球選手の新島修さん、そして岸本セシルさんの名前が挙がっています。

一つの地元の公立高校からこれだけの有名人が出ているのはなかなかすごいことだと思います。

帰宅部になってアルバイトを掛け持ち

中学では部活に明け暮れていた岸本さんですが高校では帰宅部に転向。

その代わりにマクドナルドと結婚式場の2つのアルバイトをかけ持ちして、学費を自分で賄っていたといいます。

これ、正直かなりびっくりしたエピソードです。

高校生でしかも2か所掛け持ちしてそれを学費に充てていたって、相当しっかりしてますよね。

実家に頼らなかった理由などは公表されていないので細かくは分からないんですが、そういう自立心がのちのモデル活動でも活きたんじゃないかなと感じています。

それだけじゃな、地元のヘアサロンでカットモデルとしても活動していたそうで、気づいたら高校生にして「モデルとして人前に立つ経験」をすでにしていた形なんですよね。

3000人超の頂点に立ったコンテスト

高校3年生だった2007年、エリート・モデル・マネジメント主催の「エリートモデルルック」に出場し、約3000名の応募者の中からグランプリを受賞しました。

そのままの流れで世界大会にも出場しています。

3000人の中でグランプリ。

数字で見るとその規模感がよくわかります。

高校在学中の出来事だったわけでアルバイトをしながらコンテストにも出ていたとなると、あの高校3年生の時期の密度は想像をはるかに超えています。

高校卒業後の進路

大学には進学せずにそのまま上京

岸本セシルさんは高校卒業後、大学には進学していません

高校を出ると同時に東京へ上京し、人気ファッション誌『non-no』の専属モデルとしてのキャリアをスタートさせました。

上京当初は「モデルとして続けていけるとは思っていなかった」と語っていたみたいです。

東京の生活に慣れるのも大変だったでしょうし、沖縄からひとりで出てきた10代の女の子が「続けられると思っていなかった」って言うのはなんかリアルだなと思います。

それでも持ち前のスタイルと個性で瞬く間に人気が出て佐々木希さんや矢野未希子さん、田中美保さんと並ぶ「non-no4大モデル」と呼ばれるほどの地位を確立しました。

大学に行かなかったことへの考察

これはあくまで仮説ですが高校時代にすでにグランプリを取っていた岸本さんにとって、「大学進学」というルートは選びにくかったんじゃないかな、と思っています。

モデルとして旬の時期を逃さず動いたという判断、結果として正解だったわけですよね。

ただ、「大学に行っていたら?」という仮定も興味深くて。もし進学していたら、またちがうキャリアになっていたかもしれない。そ

う考えると、2007年のあのコンテストへの出場が人生の大きな分岐点だったといえそうです。

まとめ

岸本セシルさんの学歴を振り返るとすべて沖縄市内の公立学校一本道です。

  • 小学校は沖縄市立諸見小学校(公立・終戦翌年創立の歴史ある学校)
  • 中学校は沖縄市立コザ中学校(公立・全国優勝経験ありのバスケ強豪校)
  • 高校は沖縄県立美里高等学校(公立・偏差値38・サッカー部が全国常連)
  • 大学は進学なし。高校卒業後に上京しモデルキャリアをスタート

高校時代に複数のアルバイトで学費を自己負担しながら、3000人超のコンテストでグランプリを取るという離れ業をやってのけたこと。

華やかなモデル像の裏に地道な積み重ねと自立心があったんだなということが、学歴をたどることで見えてきます。

  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする


目次