この記事を読めばモデルの岸本セシルがなぜこれほどバスケットボールを愛するのか、その背景と琉球ゴールデンキングスへの思いがまるごとわかります。
「バスケが好きなモデルがいる」
という表面的な話ではなく沖縄という土地とセシルさんの人生が深く絡み合ったストーリーを掘り下げていきます。
セシルさんがバスケを語るとき、沖縄の話になる
地元の沖縄市で育った17年間が今も生きている
調べてみて最初に気づいたのがセシルさんのバスケ愛は沖縄愛と完全に繋がっているということ。
当たり前といえば当たり前なんだけど、改めて整理すると「ああ、そういうことか」ってなるんですよね。
セシルさんは1990年2月22日生まれ、沖縄県沖縄市の出身です。
諸見小学校、コザ中学校、美里高校、生粋の沖縄育ち。
東京に出てきたのは高校卒業後で17歳でエリートモデルルック2007のグランプリを受賞し、約3,000人の中から選ばれて世界大会にも出場しています。
ちなみに高校生の頃のセシルさんって、友達とバスに乗って北谷(ちゃたん)の海辺に行ったり、携帯からORANGE RANGEを流したりしていたそうで、なんかすごく素の青春時代が伝わってきて、個人的にはそこがすごく好きだったりします。
ザ・沖縄の子って感じがするというか。
13年東京にいたからこそ沖縄の価値がわかった
2019年に第一子を出産し、13年暮らした東京を離れて沖縄へ戻ったセシルさん。
約3年間の休息期間、育児と向き合いながら地元の時間をゆっくり生きたことで、「ここが自分の原点であることに感謝の気持ちが込み上げてきた」と語っています。
この言葉、けっこうズシンときました。
13年もいた東京より、ふるさとに戻ることを選んだってことはそれだけ沖縄という場所がセシルさんの根っこにあるってことですよね。
バスケへの愛情も要するにこの根っこから来ているんじゃないかと思っていて。
沖縄県は日本でも屈指のバスケ熱を誇る地域で、岸本隆一選手や並里成選手など沖縄県出身のBリーグプレーヤーが多数活躍しています。
「地元のチームを応援する」という行為が沖縄では子どもの頃から当たり前の文化として根付いているところがあるんですよね。

琉球ゴールデンキングスへの愛が想像以上だった
「叫びすぎて喉が痛い」ってそんなに熱狂できる?
これ、初めて知ったとき正直ちょっと驚いたんですよね。
セシルさんはSNSに
「地元沖縄のバスケットチーム琉球ゴールデンキングスの応援に行ってきました。めっちゃいい試合で、叫びすぎて喉が痛い」
と投稿していたことがあって、
その熱量がモデルのイメージと全然違うというか、なんかすごくいいなって思いました。

カメラの前では洗練されていて、セシルさんって「クールな雰囲気の人」というイメージが強いじゃないですか。
でもバスケ観戦では喉が痛くなるまで叫んでいる。
素の感情が全部出る場所として機能しているんだろうなって、これは私の考えですけどなんかそんな気がするんですよね。
元日の翌日も翌々日も試合を見に行っていた
2022年のお正月の投稿も印象的でした。
元旦に家族と過ごしたあと2日、3日と連続で琉球ゴールデンキングスの試合を観戦していたそうで、「大好きなバスケ観戦ができて、新年早々わたしは幸せです!」と綴っています。
これ、かなり好きじゃないとできないですよね。
お正月って基本ゆっくりしたいし、連日アリーナに足を運ぶってもうファンを超えてる気がする。
あくまで私の見立てですけど、年に数回行く趣味」ではなくて、沖縄にいれば試合があれば行くという生活習慣に近い感覚なんじゃないかなと思います。
「母目線」で選手を応援する、という感覚
XでセシルさんはBリーグの試合を観戦したあと牧隼利選手のプレーに触れて「今日は牧のナイスプレーも多くて、母目線で喜びました」と投稿しています。
やっぱり勝ってくれたキングス。残り2秒で岸本3P😵0.9秒の逆転もあったので、最後まで勝敗は分からない諦めないで応援できるチーム🥲今日は牧のナイスプレーも多くて母目線で喜びました。ありがとうございます#琉球ゴールデンキングス
— 岸本セシル (@Cecil_luu) January 26, 2022
この「母目線」っていう表現、けっこう好きなんですよ。
ファンとしての熱量がありながらどこかお姉さんとか、保護者のような温かさも混じっていて。
19年に出産を経験したセシルさんならではの視点なのかなと思うし、そういう応援の仕方ってなんか素直でいいなって感じます。
3年の休息期間とバスケの関係
沖縄での3年間にバスケ観戦がどう溶け込んでいたか
2022年の投稿を最後にSNSをほぼ更新しなくなったセシルさん。
その3年間は育児を中心に、沖縄のゆっくりした時間の中で自分と向き合い続けた期間だったと話しています。
この時期にバスケをどのくらい見ていたかは実は詳しく公開されていなくて正直わからないんですよね。
ただ、沖縄に住んでいれば琉球ゴールデンキングスの試合はより身近なわけ、あくまで想像ですけど、仕事とSNSから離れながらも、アリーナにはふつうに足を運んでいたんじゃないかなって思います。
ここが少しだけ気になっているポイントで。
「休息期間にも変わらず応援していたか」
という視点で見ると、バスケが本当に趣味として根付いているかどうかがよくわかる気がするんですよね。
仕事モードのときだけ発信して離れたら見なくなるというのではなくて。
2025年の活動再開後もスタンスは変わっていない
2025年に活動を再開し、東京に戻ってきたセシルさん。
「休む前よりも純粋に楽しめている自分がいて、離れたことにも意味があったのだと思えました」
と語っていてなんかその言葉ってすごく自然体な感じで好きだなと思いました。
バスケへのスタンスも活動再開後も変わっていないようで、試合があれば現地に行くスタイルは続いています。
仕事が増えてもバスケが「義務」や「PR」になっていないところが、セシルさんらしさを保っているポイントな気がします。
娘とバスケ観戦という未来像
娘と「女友達のように」過ごす日々の延長に
娘さんとは女友達のような関係性でフードフェスや近所のカフェを一緒に楽しんでいると話すセシルさん。
娘さんに異文化や音楽、食への好奇心が育っているのを肌で感じているとも言っていて、なんかその子育て観って本当に素直でいいなと思います。
バスケ観戦もそういった親子の時間に自然に溶け込んでいくんじゃないかな、と思っていて。
「ちゃんぷる〜沖縄市大使」として地元・沖縄の文化を発信している立場からしても琉球ゴールデンキングスの応援というのは、地元の誇りとしての体験を娘に伝える場所にもなり得ると感じます。
これはかなり個人的な予想ですけど。
沖縄にバスケという居場所があることの意味
セシルさん自身は「また、17歳からモデルとしての経験は積み上げてきたけれど、本当にしたいことは何だったのかを考える隙がないまま母になりました」と話しています。
3年間で自分を見つめ直した人が、「やっぱりモデルとしてがんばりたい」という気持ちを確認して戻ってきた。
そのなかでバスケ観戦というのは仕事とも育児とも切り離された、純粋に自分が好きで、叫んで、喜べる時間として機能していたんだろうなと感じます。
正直、詳しいことはわからないんですが、でもそういう場所ってすごく大切だと思うんですよね。
仕事も子育ても全力でやっているからこそ、「なんも考えずに叫べる場所」の価値がある。うん、なんかそういう感じ。
まとめ
- 岸本セシルさんは1990年生まれ、沖縄県沖縄市出身の人気モデル
- 琉球ゴールデンキングスの熱烈なファンで試合観戦を頻繁にSNSで発信
- 2025年に約3年の休息期間を経て活動再開、現在はLEEレギュラーモデルとして活躍中
- バスケ愛の根底には沖縄という地元への深い愛情がある
- 選手を「母目線」で応援するエピソードも話題になっており、ファン歴の長さと愛着の深さが伝わってくる
- 写真集のラストにバスケットシューズを収めるほど、仕事とバスケが人生の両輪になっている
岸本セシルさんとバスケの関係は、「芸能人の趣味」という枠に収まらない、沖縄という故郷との切っても切れない絆そのものです。
活動再開後の彼女がどんな形でその愛情を発信していくのかこれからも目が離せません。
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