この記事を読めばニッチェ江上敬子さんの学歴を小学校から専門学校まで、それぞれの学校がどんな場所だったのかまでしっかりわかります。
「THE W」優勝で一気に注目されたからこそ、正確な情報を知りたいですよね。
調べれば調べるほど気になる部分が増えていったのでその過程も含めてシェアしていきたいと思います。
江上敬子の小学校時代を調べてみて感じたこと
まず気になったのは小学校時代の江上さんがどんな環境で過ごしていたのかという部分です。
津和野町立日原小学校という場所
複数の情報から江上さんは島根県鹿足郡日原町(現在の津和野町)にある小学校に通っていたとされています。
この地域にある小学校を調べたところ、現在は津和野町立日原小学校という名前になっていて、高津川という清流沿いに位置する地元密着型の小さな学校のようでした。
周辺は過疎化が進んでいる地域とも紹介されていて、正直けっこう驚きました。
今の芸能界のイメージからすると想像しにくいですが、自然に囲まれたのどびりした環境で育ったんだなというのが率直な感想です。
ちなみに、この学校名自体は江上さん本人の公式な発言として明記されているわけではなく、出身地の情報から推測している部分もあるのでその点は一応お伝えしておきますね。
断定はできないものの、日原地域に住んでいたなら通う小学校はほぼこの一校しかなかったはずなのでかなり信頼度の高い推測だと思っています。
幼少期からすでに女優志望だった説
個人的にすごく気になったのが、この頃からすでに女優を目指していたという情報です。
田舎の小さな学校に通う女の子が将来は演技の世界に行きたいと思っていたというのは、なんだかドラマチックですよね。
詳しい経緯は分かっていないんですが、テレビか何かの影響で憧れを持ったのかなと勝手に想像しています。あくまで自分の見立てですが。
江上敬子の中学校時代について
小学校の次は同じ地域の中学校に進学したとされていますがここも情報が少なくてもどかしかったです。
津和野町立日原中学校での日々
小学校卒業後、江上さんは日原町立日原中学校に進学したと紹介されています。
地域的に考えると、これも自然な進学ルートだったんだろうなと思います。
この中学校についての詳細な情報はあまり見つからなかったんですが、同じ地域に根ざした公立校という点で、小学校と地続きの環境だったのは間違いなさそうです。
正直、この中学時代のエピソードについてはあまり具体的な情報が出回っていません。
芸能人の中学時代ってわりとブレイク前だと注目されないことが多いのでそれも仕方ないのかなという気もします。ここはちょっとよくわからん部分として、素直にお伝えしておきますね。
なぜ益田市の高校を選んだのか考察してみる
中学卒業後、江上さんは地元を離れて益田市の高校に進学することになります。この選択、実はけっこう気になるポイントなんです。
日原地域から益田市まではそれなりの距離があるはずなのでなぜそこを選んだのか。
おそらく地元にはそこまで選択肢が多くなく進学先として現実的な範囲で一番魅力的だったのが益田高校だったんじゃないかなと推測しています。
あくまで仮説ですが、地方の進学事情としてはよくあるパターンだと思います。
江上敬子の出身高校は島根県立益田高等学校
ここからが情報量的にもいちばん充実している部分です。高校時代のエピソードは本人のインタビューでも語られていて、けっこう具体的でした。
益田高等学校ってどんな学校?
江上さんが通っていたのは島根県益田市にある県立益田高等学校です。
1912年開校というかなり歴史のある学校で、県内でも中堅からやや上位クラスの進学校として知られているようです。偏
差値はおおよそ51から60程度とされていて普通科を中心に据えた共学の県立校です。地方の県立校らしく、地域に根づいた文化祭や部活動が盛んな印象を受けました。
出身の有名人という点では江上さんのほかにも柔道家の岡崎綾子さんや、大河ドラマの脚本を手がけた田渕久美子さんなど、けっこう幅広いジャンルの著名人がいることがわかりました。
個人的には田渕久美子さんの名前を見つけたときにちょっと嬉しくなりました。
同じ高校からドラマの脚本家とお笑い芸人が出ているというのも面白いですよね。
祖母の家に下宿していたという珍しいエピソード
高校時代でいちばん印象的だったのが下宿生活のエピソードです。
江上さん本人がインタビューで語ったところによると、実家から益田市の高校までは距離があったので、祖母の家に下宿しながら3年間通っていたそうです。
10代のうちに親元を離れて、しかも祖母と暮らすという経験。これってなかなかできることじゃないですよね。
しかも下宿生活は決してスムーズだったわけではなく、祖母との間で喧嘩が多かったというエピソードも紹介されています。
思春期真っ盛りの高校生と、価値観の違う祖母が一つ屋根の下で3年間過ごすわけですから、そりゃ揉め事もあったんだろうなと納得してしまいました。
個人的にはこの部分がいちばん人間らしくて江上さんのキャラクターの土台がここにあるんじゃないかなと感じています。
正直、この高校時代の情報は他のどの学歴よりも詳しく本人の口から語られていて、信頼度がかなり高い部分だと思います。

江上敬子の大学以降の学歴は日本映画学校
高校卒業後、女優を目指して上京した先が日本映画学校です。ここも深掘りしていきますね。
日本映画学校(現・日本映画大学)はどんな学校か
日本映画学校は映画監督の今村昌平さんが1975年に開いた横浜放送映画専門学院を前身とする学校です。
今村監督といえばカンヌ国際映画祭でグランプリを2度も受賞している巨匠で、その方が「映画くらい作らせてやる」という思いで作った学校というのがなんとも熱いエピソードですよね。
2011年には4年制大学として改組されて、現在は日本映画大学という名前になっています。
事務所の公式プロフィールを見ても江上さんの学歴は「日本映画学校俳優科卒業」とはっきり書かれています。俳優科というコースを選んでいるあたり、高校時代からずっと変わらず女優志望だったことがうかがえます。
2018年04月10日にブログに久しぶりに友達と会ってその友達から当時の写真をもらったようで、その写真を公開していました。

この時期は写真を撮るのが好きじゃなかったみたいなので貴重な写真なのは間違いなさそうです。
卒業生を見て感じたこと
日本映画大学(旧・日本映画学校)の出身者リストを見てみたところ、映画監督が中心ながらも、お笑い芸人や小説家、声優などけっこう幅広いジャンルで活躍している人がいました。
実は同じ日本映画大学出身のお笑い芸人にはアルコ&ピースの平子祐希さんもいて、映画を学ぶ学校からお笑いの道に進む人が一定数いるというのはなかなか興味深い傾向だなと思いました。
演技や表現を学ぶ環境が、結果的にお笑いの技術にもつながるのかもしれないですね。これはあくまで自分の考察ですが。
運命的な出会いだった相方・近藤くみことの縁
日本映画学校在学中、江上さんは後に相方となる近藤くみこさんと出会っています。
公式のプロフィールでも「2005年、映画学校で出会った近藤久美子とお笑いコンビ『ニッチェ』を結成」と紹介されていて、講師の勧めがきっかけでコンビを組んだという話も伝えられています。
女優を目指して入学した学校でまさかお笑いの道に進むことになるとは本人も思っていなかったでしょうね。
この巡り合わせ、なんというか人生って本当にどう転ぶかわからないなと改めて感じさせられる部分でした。
この記事でわかったこと
- 小学校は津和野町立日原小学校とされていて、自然豊かな地域の学校(出身地からの推測を含む)
- 中学校は同地域の日原町立日原中学校
- 高校は島根県立益田高校で、祖母の家に3年間下宿しながら通学
- 大学に相当する学歴は日本映画学校俳優科(現・日本映画大学)
- 在学中に相方の近藤くみこさんと出会い、2005年にニッチェを結成
- 高校時代の下宿エピソードは本人の発言が根拠で信頼度が高い一方、小中学校の情報は推測を含む部分もある
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