この記事を読めば、ENERATIONSの数原龍友さんが歩んできた学生時代のすべてがわかります。
「そういえば高校ってどこだったんだろう?」
「大学には行ったの?」
という疑問を持っているファンの方、ぜひ最後まで読んでいってください。
数原龍友の学歴一覧
まずは全体像から整理しておきますね。
| 学校 | 詳細 |
|---|---|
| 小学校 | 尼崎市立浜田小学校(1999年4月入学・2005年3月卒業) |
| 中学校 | 尼崎市立大庄北中学校(2005年4月入学・2008年3月卒業) |
| 高校 | 兵庫県内の公立高校(2008年4月入学・2009年ごろ中退) |
| 大学 | 進学なし |
このテーブルを見るとわかるんですが大学はもちろん、高校すら卒業していないんですよね。
正直、最初に知ったときちょっとびっくりしました。
でも中退の理由を調べていくうちに、「それはそうなるよね」って納得できたというか。その話は後でじっくり書きます。
小学校時代
尼崎市立浜田小学校ってどんな学校?
数原龍友さんが通っていた尼崎市立浜田小学校は兵庫県尼崎市の公立小学校です。
尼崎市の中でも浜田町エリアに位置していて、1999年4月に入学し2005年3月に卒業しています。
尼崎市といえば大阪に近いベッドタウンとしてよく知られているエリアですよね。
工業都市としての歴史が長くて、庶民的な雰囲気の街というイメージ。
数原さんの人柄にある「地に足がついた感じ」って、もしかしたらこの街で育ったことと無関係じゃないかもしれないな、と個人的には感じます。
野球少年だったって知ってた?
この時期の数原さん、実はかなりの野球少年だったんですよ。
小学2年生から野球を始めていて、読売ジャイアンツのキャッチャー・阿部慎之助選手にあこがれていたそう。
なんか、今のアーティストとしての姿からは想像しにくい感じがして、そのギャップがちょっと面白いですよね。
転機は小学5年生のとき。
親に連れて行ってもらったEXILEのライブに衝撃を受けて、「歌手になりたい」という気持ちが生まれたと語っています。
このとき何歳だったかを逆算すると2003年ごろ、EXILEがちょうど大ブレイクしていた時期に重なるんです。
リアルタイムでその熱狂を体感して育った世代なんだなと思うと、なんかぐっとくるものがあります。
凄まじい成長っぷりの我らが誇りのGENERATIONSのボーカル数原龍友です!!!みんな覚えて帰るように! pic.twitter.com/REamUp79Y9
— ぶるルン🐲 (@haruka_ir) August 11, 2019
中学校時代
尼崎市立大庄北中学校について
2005年4月、地元の尼崎市立大庄北(おおしょうきた)中学校に進学し、2008年3月に卒業しています。こちらも公立の地域校で、尼崎市の大庄地区に位置する学校です。
大庄北中学校のある大庄地区は浜田小学校のある浜田町から程近いエリア。自転車でも通えるような距離感で、地元の友人たちとそのまま中学に上がった感じでしょうか。
地域密着型の公立校という意味ではいたって普通の中学時代を過ごしていたことになります。
野球部に所属しながら迷っていた
中学時代は野球部に所属していました。
小学校から続けてきた野球に取り組みながらも、頭の中ではずっとEXILEへの憧れがくすぶっていたんだと思います。
これ、正直すごく共感できるんですよね。
「好きなことを仕事にしたいけど、現実的にどうなの?」って迷う感覚。しかも中学生というタイミングで。あの年齢でその葛藤を抱えていたと思うと、意外と早熟だったんだなって感じます。
卒業を前にするころにはアーティストとして生きていくという気持ちがかなり固まっていたとも伝えられています。
野球か音楽か、というよりも徐々に音楽の方向に気持ちが傾いていったんでしょうね。
高校時代と中退の経緯
どこの高校に通っていたの?
2008年4月、兵庫県内の公立高校に入学しますが、入学からわずか約3ヶ月後の2009年ごろに中退しています。高校名は本人が公表していないので現在も不明のままです。
ここ、調べていてかなり気になったポイントなんですよね。なぜ公表しないんだろう、って。芸能人の学歴情報って、小中学校は割と公開されていることが多いのに、高校名だけは頑なに非公開というケースがある。
数原さんの場合も、中退という経緯があるだけに意識的に話さないようにしているのかもしれません。あくまで私の考えですが。
高校はどのあたりの学校だったのか(考察)
校名が不明なので出身地から少し考えてみます。数原さんの出身地は兵庫県尼崎市。
中学校まで地元の公立校に通っていたことを考えると、高校も自宅から通える尼崎市内か、隣接する西宮市・伊丹市あたりの公立高校だった可能性が高いと思います。
尼崎市内の公立高校としては尼崎稲園高校や尼崎小田高校などが知られていますが、これはあくまで私の仮説で、確認できる情報ではありません。
どの高校かより、なぜ中退したかのほうがよほど本質的な話ですよね。
中退の理由がリアルすぎる
中退のきっかけになったのがカラオケBOXが開催していたシンガーコンテストだったというエピソード。
何度も挑戦するうちに、ライバルたちの歌唱力に圧倒されて強い焦りを感じた数原さんは、「本格的に歌を学びたい。高校に通っている時間がもったいない」という気持ちが限界に達して中退を決意したと語っています。
これ、衝動的な思いつきじゃないんですよ。
悔しさから来た選択というか。「自分が足りない」という自覚があって初めて出てくる行動だと思うので、個人的にはかなり印象に残っています。
しかも高校を中退するって普通に考えたらけっこうな賭けじゃないですか。
地元の公立校を飛び出して、正規ルートを外れて音楽の道に進む。周りの反応とか、親の気持ちとかいろいろあったんだろうなと想像します。
高校中退後の進路 EXPGへの入校
アルバイトで自力で学費を稼いだ
高校を中退した後、数原さんがしたことがアルバイトで学費を稼ぐことでした。
LDHが運営するダンス・ボーカルスクール「EXPG大阪校」への入校を目標に、交通費も含めて自分で用意したとのこと。
親に頼らなかった、というのが個人的にいちばん刺さったポイントです。
高校を辞めてさらに親にお金を出してもらうのが気が引けたのか、それとも自分で決めたことだから自分でなんとかしたかったのか。
どちらにせよ、その覚悟は本物だったんだと思います。
EXPGってどんなスクール?
EXPGはEXILEが所属するLDHが運営する本格的なダンス・ボーカルスクールです。
大阪校をはじめ全国に展開していて、ダンスやボーカルを専門的に学べる場として知られています。
ここで特筆したいのが、このEXPGがいわゆる「一般のダンス教室」じゃなくて、プロを育てる環境だということ。レッスンの質も高いし、オーディションに直結したシステムになっています。
数原さんが「ここで学びたい」と思ったのはEXILEに近づくための最短ルートだと判断したからでしょうか。うん、理にかなってます。
何度落ちても諦めなかった
EXPGに入校した後も、すぐに結果が出たわけじゃなかったんです。
2009年の「劇団EXILEオーディション」、2010年の「VOCAL BATTLE AUDITION2」と、立て続けに落選を経験しています。
それでも通い続けた末に、2011年4月にEXPG内のオーディションでGENERATIONS候補生に選ばれ、2012年4月に正式メンバーとなりデビューを果たします。
高校中退から3年以上、アルバイトをしながら何度も落ちながら続けた。それが今のGENERATIONS・数原龍友さんにつながっているんですよね。
学歴じゃなくて、行動と継続が道を開いたという話だと思っています。
大学進学について
大学には進んでいない
数原龍友さんは大学に進学していません。
高校中退後はEXPGとアルバイトの日々が続いていたので、大学受験を考えるタイミング自体がなかったというのが正確なところでしょう。
大学に行っていないことを「学歴がない」とする見方もあるかもしれないけれど、個人的にはそれはちょっと違う気がしていて。
彼が選んだEXPGでの経験こそが彼にとっての「高等教育」だったんじゃないかなと感じます。
2023年のEXPG高等学院との縁
2023年3月、LDHが設立した「EXPG高等学院」の第1期生の卒業式・入学式に数原さんが出席しています。
この学校、ダンスを学びながら高校卒業資格も取得できるという、数原さんの時代にはなかった仕組みの学校なんですよ。
自分が通っていたころにはそんな選択肢がなかったわけでもしこの学校が当時あったら……なんてことを考えると、ちょっと感慨深くなります。
それと同時にだからこそ若い世代にエールを送りたいと思ってあの場に立っていたのかなという気もして。
まとめ
- 小学校は尼崎市立浜田小学校(兵庫県尼崎市の公立校・2005年卒業)
- 中学校は尼崎市立大庄北中学校(野球部所属・2008年卒業)
- 高校は兵庫県内の公立高校に入学するも約3ヶ月で中退(校名は非公表)
- 中退の理由はカラオケコンテストで感じた悔しさと本格的に歌を学びたいという強い意志
- 中退後はアルバイトで自力で学費を稼ぎEXPG大阪校へ入校
- 大学進学なし。複数回の落選を経て19歳でGENERATIONSメンバーとしてデビュー
学歴という「外側の数字」じゃなくて自分の感覚と覚悟で道を切り開いてきた人なんだな、というのが今回いちばん感じたことでした。
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