この記事を読めば水上恒司さんの小学校から大学に至るまでの学歴と、野球少年が俳優へと転身した経緯がすべてわかります。
「岡田健史」という芸名で活動していた頃からのファンも、最近注目しはじめた方もぜひ最後まで読んでみてください。
水上恒司の学歴一覧
まず全体像をざっくり把握しておきましょう。
| 学校名 | 所在地 | 在籍期間 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 福岡市立和白東小学校 | 福岡県福岡市東区 | 2006年〜2012年 | 小学2年生から野球を開始 |
| 福岡市立和白丘中学校 | 福岡県福岡市東区 | 2012年〜2015年 | 硬式クラブチームでも活動 |
| 創成館高等学校 | 長崎県諫早市 | 2015年〜2018年 | 野球特待生・寮生活 |
| 福岡工業大学(社会環境学部) | 福岡県福岡市 | 2018年〜中退 | 2年間休学ののち退学 |
こうして並べると福岡から長崎へ、また福岡へ…という流れがよくわかります。
野球に引っ張られながらも、最終的には俳優へ舵を切った人生。なんかドラマよりドラマっぽい。
小学校時代 野球との出会い
福岡市立和白東小学校
水上さんが通っていたのは福岡市東区にある福岡市立和白東小学校です。
福岡市東区の和白エリアは博多湾に面した住宅地で落ち着いた雰囲気の地域。転勤族も多く、わりとのどかな子ども時代が想像できますね。
2006年に入学して2012年に卒業しているのでごく普通の公立小学校のスタートでした。
小学2年生から始めた野球
この時期のポイントはやっぱり野球との出会いでしょう。
小学2年生のとき、お父さんの影響で野球を始めたとされています。
7〜8歳って、まだランドセルが身体より大きいような時期ですよね。そんな頃から野球グローブを握っていたと思うと、ちょっとじーんとします。
ポジションはキャッチャー。
キャッチャーって守備の要というかグラウンド全体を見渡してチームを動かすポジションで、野球を知ってる人なら「あ、なるほど」ってなると思うんですよね。
俳優としての「場を読む力」ってもしかしたらこの頃から培われていたのかも、と思ったりします。完全に個人的な考察ですが。
中学校時代 硬式野球でレベルを上げた3年間
福岡市立和白丘中学校へ進学
中学は地元の福岡市立和白丘中学校へ進学しました。
同じ東区で小学校からそのままエスカレートするような地域の中学校です。
「和白丘」という名前からも、住宅地の丘の上にある雰囲気が伝わってくる感じがします。
ただ、水上さんにとって中学校はあくまで「学校生活を送る場所」で野球の本拠地ではなかったみたいです。
ヤング福岡ライナーズで本格的な硬式野球
実は中学時代、学校の野球部ではなく硬式クラブチームの「ヤング福岡ライナーズ」に所属して腕を磨いていました。
中学生時代の岡田健史 pic.twitter.com/YMxh2ywgnK
— 水上恒司(岡田健史)fanpage (@mizukami_koshi) May 12, 2020
軟式野球と硬式野球って、ボールの重さも感触もぜんぜん違って、硬式は打球の威力も段違い。
中学から硬式クラブに入るのは将来的に強豪高校や大学野球、さらにはプロを目指す子どもたちが歩む定番ルートなんですよね。
ここで大事なのは水上さんが中学時点ですでに「高校野球の強豪校」を意識した動き方をしていたということ。
ヤングリーグは全国大会もある組織で、クラブチームに所属するってことは週末はほぼ野球漬け。
そういう環境に自分から飛び込んでいたわけです。
ちなみにこの頃すでに芸能事務所からスカウトを受けていたという話もあって。
でも当時の水上さんは完全に野球モード全開だったので、きっぱり断っていたといいます
ここで「もしかしたら」と動いていたら、また違う人生になっていたのかな…なんて考えてしまいました。
高校時代 創成館高校で野球に青春を捧げた3年間
この章が個人的に一番読んでほしいところで、水上さんの人間性がいちばんよく出ているなと感じる時期です。
創成館高等学校ってどんな学校?
長崎県諫早市にある私立・創成館高等学校に進学しています。
「諫早(いさはや)」って長崎市の南東に位置する街でのどかな地方都市ですよね。
福岡市から新幹線や高速バスで1〜2時間くらいかかる距離感なので、完全に地元を離れての生活になります。
学校の偏差値は38〜42程度の学校ですが野球部はまるで別の話。
春夏ともに甲子園出場経験のある強豪校で、卒業生には阪神タイガースの野口恭佑選手や川原陸選手といったプロ野球選手もいます。
偏差値だけで学校を判断するのはちょっと違うなと改めて感じます。野球エリートが全国から集まってくる環境なんですよね。
野球特待生として越境入学
水上さんは福岡から長崎へ、野球の実力を評価されて特待生として越境入学しています。
特待生ということは学費の一部もしくは全額が免除されるケースが多く、それだけ期待値が高かったということでもあります。
高校3年間は野球部の寮で共同生活を送りながら練習に打ち込んでいました。
部員が100人を超える名門野球部の中で最終的には副キャプテンを務めたというのだから、そのリーダーシップも相当なものだったでしょう。
ポジションは2番手キャッチャーで背番号12。
「1番手じゃないのか」と思う方もいるかもしれないですが、部員100人超の超激戦区でレギュラー争いをしている時点で水上さんはかなりの実力者だったと思います。
創成館野球部キャッチャー時代#岡田健史 #中学聖日記https://t.co/kF5UYCUKGk… pic.twitter.com/D1Oc9lo3XG
— 水上恒司(岡田健史)fanpage (@mizukami_koshi) September 13, 2018
高校1年での衝撃的な挫折
水上さんが後のインタビューで語っているのが高校1年での「本物の実力差」への衝撃です
地元では評価されてきた選手でも、全国から野球エリートが集まる創成館では「あれ、自分って大したことなかったのかも…」と感じる瞬間があったはずで。
「井の中の蛙だったと気づいた」という趣旨の発言をしていて、これって意外と貴重な経験だと思うんですよね。
挫折をちゃんと受け止めてそれでも3年間やり切れた精神力。俳優としての粘り強さの原点がここにある気がします。
甲子園の夢と突然の転機
高校3年の夏、長崎大会準々決勝(ベスト8)で敗退。甲子園出場の夢は終わりました。
正直、これってかなり悔しい経験だと思うんですよね。
ベスト8ってあと少しのところまで来ていたわけじゃないですか。その悔しさが残っている時期に、演劇部にスカウトされるわけです。
スカウトしたのは創成館の理事長・奥田修史氏で、演劇部の公演で人手が足りないという状況の中、「水上が適役だ」と直感したといいます。
奥田氏は「生まれ持つ真面目さ、ひたむきさ。これは絶対演劇の世界で生きる」と感じたそうで。
水上さん自身は「野球しかやってないというコンプレックスがあった」と語っていて、そのコンプレックスが背中を押した部分もあったみたいです。
甲子園に行けなかった悔しさと、何か新しいことへの好奇心と複雑な感情が混ざり合っていた時期だったんじゃないかなと想像します。
それで演劇の世界に飛び込んだわけですね。
大学時代 福岡工業大学から中退という決断
福岡工業大学社会環境学部に入学
高校卒業後は地元・福岡の福岡工業大学社会環境学部環境学科に進学しました。
福岡工業大学は福岡市東区にある私立大学で、偏差値は40台前半ほど。
社会環境学部は環境問題や地域社会について学ぶ学部で理系とも文系ともつかない幅広い学びができる場所です。
大学を選んだ理由として野球の設備が充実していたことが挙げられており、入学当初はまだ野球を続けるつもりだったみたいです。
社会人野球への道を模索していたとも言われています。
高校で燃え尽きたわけじゃなかったんですね。
2年間の休学、そして退学
ところが次第に「俳優として生きたい」という気持ちが大きくなっていき、2年間休学したのちに退学したと本人が語っています。
最終学歴は大学中退。
この「2年間の休学」というのが個人的にはすごく気になるポイントで。
すぐに退学するんじゃなくて、2年間「休学」という形を選んでいる。
完全に退路を断つ前に、ちゃんと自分の可能性を試してから決断したんだろうなと思うんですよね。
これはあくまで私の見立てですが、かなり慎重で堅実な性格が出ている行動だと思います。
そして大学在籍中の2018年、TBSドラマ「中学聖日記」のオーディションに合格。
芸名「岡田健史」として有村架純さんの相手役でドラマデビューを果たしました。この作品で一気に注目を集め、以降は俳優として本格的なキャリアを歩んでいきます。

2022年9月からは芸名を廃止して本名の「水上恒司」として活動を続けています。
まとめ 11年間の野球が俳優・水上恒司を作った
水上恒司さんの学歴を振り返ってみると、一貫して「本気で取り組む環境」を選んできた人なんだなという印象を受けます。
- 福岡市立和白東小学校で小学2年から野球スタート
- 福岡市立和白丘中学校では学校部活ではなく硬式クラブ「ヤング福岡ライナーズ」で実力を磨く
- 創成館高等学校へ野球特待生として越境入学、副キャプテンを務める。高校3年夏に甲子園の夢が絶たれた直後、演劇部に転身
- 福岡工業大学社会環境学部に進学するも、2年間の休学を経て中退し俳優の道へ
- 2018年に「岡田健史」としてデビュー、2022年から本名「水上恒司」として活動中
小学校から大学まで約11年間続けた野球の経験。甲子園には届かなかったけれど、その悔しさや挫折こそが、今の俳優としての表現力に繋がっているんじゃないかなと思います。
創成館の理事長が「真面目さとひたむきさ」を見抜いたように、そういう部分はやっぱり滲み出るんですよね。
コメント