UTA(内田雅樂)の学歴一覧 世界最高額の名門校から米国大学まで全解説

  • URLをコピーしました!

この記事を読めばモデル・UTAさんが通った学校の詳細と、それぞれの場所で何を感じ、どう変わっていったのかがわかります。

「本木雅弘の息子って、どんな学校に通ったんだろう?」と気になってこのページに来てくれた方、けっこう多いんじゃないかと思います。

正直、調べ始める前は「まあ名門校でしょ」くらいの感覚だったんですが、掘り下げていくうちに想像とかなりズレていて驚きの連続でした。

単純にすごい学校なだけじゃなくて、バスケへの情熱と祖母・樹木希林さんのひと言が幾度も人生の方向を変えていく、かなりドラマチックな学歴なんです。

目次

学歴の全体像 まずここから

UTAさんの学歴を時系列で整理するとこんな感じ。

スクロールできます
時期学校名場所
小学校(〜12歳)西町インターナショナルスクール東京都港区元麻布
中学校(12〜16歳)ル・ロゼ学院(Institut Le Rosey)スイス
高校(16〜19歳頃)IMGアカデミーアメリカ・フロリダ州
大学ドミニカン大学カリフォルニア校アメリカ・カリフォルニア州

それぞれの学校、ただ「通った」だけじゃなくて、そこでの経験が次のステージを引き寄せている点がすごく面白いなと感じています。

順番に見ていきましょう。

小学校は西町インターナショナルスクール

母・也哉子さんも卒業した親子2代の学校

UTAさんの小学校は東京・元麻布にある西町インターナショナルスクールです。

母・内田也哉子さんも同じ学校の卒業生なので、親子2代の縁があります。

1949年に設立された歴史ある学校で、幼稚部から9年生(中学3年相当)まで一貫して学べる構成になっています。

在籍する生徒のうち外国籍の割合が約64%で、まさに多国籍なコミュニティ。

授業はすべて英語で進められるものの、毎日1時間以上は日本語と日本文化を学ぶ時間が設けられていて、英語力だけでなく「日本人としてのアイデンティティ」も同時に育てるというスタンスなんです。

これは日本のインター校の中でもかなり特徴的な方針だと思います。

学費と倍率、入りたくてもなかなか入れない

年間授業料は約298万円で入学金が30万円。一クラスの生徒数は最大20名で、先生と生徒の比率が1対7という少人数制。入学希望者の倍率が高いことでも有名な学校です。

卒業生の進学先をみると、アメリカンスクール・イン・ジャパン(ASIJ)や横浜インターナショナルスクール、さらに海外のボーディングスクールへ進む生徒が多く、UTAさんがスイスへ留学した流れもこの学校のカルチャーと無関係ではないように感じます。

バスケとの出会い

ここで一点、個人的にずっと気になっていたことがあって。UTAさんがバスケを始めたきっかけについてです。

小学生のとき、父・本木雅弘さんが学生時代にバスケをやっていたことを知り、自分もやってみたいと思ったのが最初とされています。

この父の影響というのが、のちのち人生の軸になっていくんですから子どものころの習い事って本当にバカにできないなと改めて思いますよね。

中学校はスイス・ル・ロゼ学院

世界一学費が高い学校、ということ

12歳のとき、UTAさんは単身スイスに渡り、ル・ロゼ学院(Institut Le Rosey)へ入学します。

1880年創設のこの学校、年間学費はなんと約1,500万円超えで世界最高額の中等教育機関のひとつとして知られています。

モナコ大公レーニエ3世、ベルギー国王ボードゥアン1世、ショーン・レノン(ジョン・レノンの息子)など、各国の王族や富裕層の子女が集まる学校です。

日本人では女優・高田万由子さん、エレナ・アレジ後藤さんなども在籍経験があります。

一番大変だったのはお金の感覚のズレ

ここ、すごく面白いエピソードがあって。

UTAさんが2022年に出演したテレビ番組で明かしたんですが、

一番大変だったのは学費よりもお金の感覚に慣れることだった」

と語っていたんです。

入学して最初のころ、同級生が家族から贈られる車がベントレーだったとか、「週末ちょっとパリ行かない?」という誘いにプライベートジェットで飛んで行くような環境だったとか。

……これ、普通の感覚だったら完全についていけないですよね。😅

そういう文化的なカルチャーショックのほうが、言語の壁より大きかったというのが面白い。

UTAさん本人は「最初は状況に慣れるまで時間がかかった」とは言いつつも、「案外自立心があったので思ったより早く慣れた」とも振り返っています。

英語+フランス語、60ヵ国からの生徒

ル・ロゼは英語とフランス語の二言語が必修で約60ヵ国から生徒が集まるグローバルな環境です。

毎年夏はジュネーブ近くのキャンパス、冬はスキーリゾートで有名なグシュタードのキャンパスに移って過ごすという、日本では想像しにくいカリキュラムが特徴的。

卒業生の18%がアイビーリーグやオックスフォード・ケンブリッジへ進学するという実績もあります。

学習面の充実ぶりもさることながら、UTAさんがここで最も成長させたのはバスケの実力だったようです。

ル・ロゼでの練習を通じてメキメキと頭角を現し、それがのちにアメリカのIMGアカデミーからスカウトを受ける直接のきっかけになっています。

14歳で祖母の通訳を担当

ル・ロゼで磨いた語学力のエピソードとして、2011年のカナダ・モントリオール映画祭で、まだ14歳のUTAさんが祖母・樹木希林さんの通訳を務めたという話が残っています。

14歳でこれ。ちょっとすごくないですか。

留学を決めたのは樹木希林さんの言葉

実はこの留学、祖母・希林さんの一声がきっかけでした。

母・也哉子さんが語ったところによると、「初めての子なので過干渉になり、長男が萎縮してしまっていた。それを見た母(希林さん)に一刻も早く海外に出しなさいと言われた」とのこと。

過干渉から生まれた萎縮、そして海外へ出ることで取り戻した自分のペース。なんかこの流れ、UTAさんの人格形成を考えると見逃せない部分だなと感じています。

高校はアメリカ・フロリダ州・IMGアカデミー

スカウトされてフロリダへ

16歳のとき、UTAさんはスイスでのバスケの実力を評価され、アメリカ・フロリダ州にあるIMGアカデミーにスカウトされます。

そのままフロリダへ移り、約3年間バスケに打ち込む生活が始まります。

IMGアカデミーってどんな学校?

IMGアカデミーはテニスの錦織圭選手や西岡良仁選手も在籍した世界的なスポーツ教育機関です。

フロリダ州ブラデントンに位置する全寮制の学校で、勉強だけでなくスポーツのトレーニングを本格的にカリキュラムに組み込んでいる点が最大の特徴。

現役のNBA選手も指導するコーチが在籍していて、一流の環境でバスケを学べる環境が整っています。

バスケットボール部門の年間学費は約92,500〜96,500ドル(日本円で1,400万〜1,500万円前後)。ル・ロゼに続いてこちらも超高額。ちょっと桁が普通じゃない。

学業面でも大学進学率が96%と非常に高く、スポーツと勉強を両立するモデルを体現している学校です。

「青春のすべてをバスケに注いだ」

UTAさん本人が「IMGでの学生時代は青春のすべてをバスケに注いだ」と語っていて、このころの生活はほぼバスケ漬けだったようです。

アメリカのスポーツ文化の熱量に圧倒されたとも話していて、「日本との違いに驚き、その情熱に惹かれた」と振り返っています。

卒業式には家族全員がフロリダまで駆けつけたというエピソードもあって、それがどれだけ大切な3年間だったかが伝わってきます。個人的にはこのシーンが一番グッときました。

大学はドミニカン大学カリフォルニア校

カリフォルニアへ、コミュニケーション学部へ

IMGを卒業したUTAさんはカリフォルニア州に移りドミニカン大学カリフォルニア校のコミュニケーション学部に進学します。

NCAA(全米大学体育協会)ディビジョン2に所属するバスケットボール部の一員として活躍し、2年生のときに試合にも出場しています。

U24日本代表合宿への召集

大学在籍中に2017年の東アジアバスケットボール選手権の日本代表チーム直前合宿に召集されたことも明らかになっています。

NCAAのリーグに出場しながら、同時に日本代表合宿にも呼ばれる。これはかなり評価が高くないと実現しない話で、バスケ選手としての実力は本物だったんだなと思います。

ちなみに、UTAさんは日本国籍でアメリカの大学でプレーしていたので、代表適格性の観点から日本代表として召集されたというのは自分の見立てでも自然な流れかなと感じています(この点は一応、推測を含む部分もあります)。

大学在学中に休学、モデルへの転換点

バスケとモデルどちらに軸を置くか。これがずっとUTAさんの悩みだったようで、「何度もスカウトを受けてはいたけど、バスケとの両立を考えると踏み切れなかった」という背景があります。

背中を押したのは、またしても樹木希林さんでした。

服を着る仕事は自分をより客観的に見ることができていい
何をするにも、自分や物事を俯瞰して見ることが大事。いい訓練になるわよ

というひと言。

希林さんが亡くなる前に言い残したこの言葉は、UTAさんがモデルの道に進む決定的な理由になりました。

大学を休学してパリへ渡り、2018年6月にパリのモデル事務所「success」と契約。

「2019年春夏パリメンズコレクション」でランウェーデビューを果たします。当日は父・本木雅弘さんも客席から見守っていたそうで、唯一の日本人モデルとしてのデビューでした。

まとめ UTAさんの学歴から見えてくること

  • 小学校は東京・元麻布の西町インターナショナルスクール。母・也哉子さんの母校でもあり、英語と日本語の二言語教育が特徴
  • 中学校は12歳からスイスの名門・ル・ロゼ学院へ単身留学。年間学費約1,500万円超え、祖母・希林さんの勧めで決断
  • 高校はバスケのスカウトでフロリダのIMGアカデミーへ。錦織圭も在籍した世界的スポーツ名門校で約3年間、青春のすべてをバスケに注いだ
  • 大学はカリフォルニアのドミニカン大学でNCAAリーグに出場。U24日本代表合宿にも召集されるほどの実力
  • 大学在学中に休学し、希林さんの言葉を胸にパリコレデビュー。以降は国際派モデルとして世界を舞台に活躍

改めて整理してみると各ステージで「そのままバスケを続ける選択肢」が十分にあったのに、その都度別の道に引き寄せられていったのがUTAさんの面白さだと思うんです。

そしてその転機のほとんどに、樹木希林さんの言葉が絡んでいる。

モデルとしての現在がある理由を辿っていくと、最終的に希林さんの存在に行き着く。そういうところに、この学歴の本当の読み応えがあるんじゃないかなと感じています。

  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする


目次